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「団地管理組合は部分社会である」とする丸山理論の誤り
東京大学名誉教授 西村 肇   2008年10月1日
基礎法理における基本的間違い
基礎法理における基本的間違い
 丸山教授は原告が被告を相手に訴えを起こしたこと自体が間違いであると主張しこれを裁判所に認めさせようとしています。このために「部分社会論」という説を次のように紹介導入しています。
 内部規範に基づく団体内部の自律権の行使に対しては、国家の干渉(司法審査)が原則的及ばないという法理が提起され、部分社会論(または団体内部の自律権)と称される。(資料D3ページ)これは「学問の自由」とか「良心の自由」を国家の干渉から守るために大学、宗教団体が自ら主張し、国家も司法権の行使を遠慮するという理論ですが、丸山教授はここでいきなり大学とも宗教団体ともまったく違う団地管理組合もそれが共有財産の維持管理を目的とする共有者の私的団体であるという理由だけで部分社会に当たると結論しています。
そう結論してしまえば、団地理事会内部で人格攻撃と名誉毀損に耐えかね公平な判断を仰ぐため裁判に訴えた原告の行為は許されないことになります。つまり組合内部問題に関し「裁判を受ける権利」の否定です。これでは団地規約が憲法を越えることになります。これが宗教団体なら自発参加集団ですから裁判を受ける権利の自発的放棄は合意されても不思議ではないのですが強制参加の団地管理組合がそれを強制できるという結論は憲法と区分所有法の上下関係を逆転しない限りありえません。
 丸山教授が間違いをおかした原因として、第一に「部分社会論」が成立するための条件について十分な検討がないことがあげられます。
 たとえば司法審査権を拒絶する典型例としてよく引用される大学についても拒絶する理由とその範囲、さらにその代償措置を具体的に調査、確認の上、それが団地に適用できるかどうかを検討する必要があります。
 大学が、司法審査が内部問題に及ぶのを拒否する唯一最大の理由は憲法が保障する「学問の自由」を権力の干渉から守るためです。その典型例としてポポロ事件があります。1952年私服警官が学内で調査活動しているのを学生が発見し警察手帳を取り上げた事件で、学生は起訴されましたが、1・2審では学問の自由を守る行為として無罪となりました。最高裁判決では司法審査の排除は教授、研究者の人事については認められましたが、一般人の入る大学キャンパスへの警官の立入りは大学自治を侵さず合法とされました。
 教授、研究者の人事は、教授会専決事項で司法審査の排除が最高裁判決でもみとめられていますが外部審査の道がまったく経たれている訳ではありません。東京大学の場合、人事処遇に不満があれば人事院に提訴する道が開かれています。それでも不満なら裁判に訴える道が残されています。この外部審査の道が開かれていることが教授会専決事項である人事を外から見てフェアーなものにするために役立っています。工学部門における最初の女性教授の出現は、助手であった彼女が正当な昇進を求めて人事院への提訴を考えたことから始まりました。これによって実質は学科教授会の専決事項であった助手昇進の問題が一段上の学部教授会の正式審議に持ち込まれ、フェアーに昇進が決定しました。このように法的に自治が尊重されている集団でも、本人が不当と思う問題があった時、それを一段上のレベルに訴える道が必ず開かれていることが重要と思います。
 「大学自治」のうちでも教授・研究者の人事が教授会の専決事項とされ、原則的に司法審査の対象外におかれている理由は「学問の自由」外部権力の干渉から守るためでもありますが、これは理念のレベルの話であって、実際的には教授人事の基礎となる能力と適性の学術的評価は
外部裁判所における司法審査では不可能であって内部教授会の判断にゆだねることを得ないという事情が真の理由であります。
 従って学問的判断を必要としない案件については、大学は司法審査の排除を主張していません。またその構成員に対しても、内部問題だからという理由で、裁判所に提訴することを禁止したり抑制したりしていません。明白な刑事事件であれば警察に通報すればただちに刑事捜査が学内に入ります。セクシャルハラスメントのような事件の場合は被害者は学内問題として教授会に訴えることもできます。この場合、大学は全学レベルの評議会に特別委員会を設け、調査の上、関係者の処罰を行うことが定められています。
 犯罪ではあるが、一般刑事捜査は不可能で刑事裁判の対象にならないものがあります。大学内の研究過程でのデータの「ねつ造」「盗用」などの研究不正です。東京大学ではこれに対し、評議会内に科学研究行動規範委員会を設け、違反の疑いについて通告があれば、直ちに徹底した調査を行ない、解雇処分を含む厳正な処罰を行なっています。
 名誉毀損を含む学内における民事事件については学内にはこれを裁定する機関はありません。当然近隣関係者による調停の努力はあるでしょうが、裁判所での裁定を仰ぐのが当然と考えられています。学問問題だから外に持ち出すなというような議論は聞いたことがありません。
 これが大学における司法審査拒絶の実態です。丸山教授が団地管理組合は大学のごとく自治を原則として運営されている「部分社会」であるから司法審査を拒絶するという時当然のごとく想定している大学における司法審査拒否は「自治」を理由にした単純なものではなく、上のように重厚なものであります。
 まずそれは憲法が保障した「学問の自由の尊重」という理由にもとづくものです。したがってその適用範囲も無限定でなく、教授人事など狭い範囲に限られています。しかもその狭い範囲でさえ、その決定を不当と思えば、人事院さらには一般裁判所に訴える道が残されています。一方大学側としては原則として司法審査を拒絶する代わりに必要となる代償措置のための機関を特別に設けています。これに対し団地管理組合は司法審査を拒絶する理由もなく、代償措置もありません。それなのに規約だけを理由にして自治団体であるから司法審査を拒否できるとする丸山教授の所説は法学を専攻する教授とは思えない暴論です。

hajime@jimnishimura.jp