Jim Nishimura Web site
何のために書いたか Fact & Fair
発言せぬ大衆に支えられた独裁体制を打ち倒すため
業者のため共有財産をねらう独裁理事長
 只今できたばかりの団地内ジャーナルをお届けします。私が一人で書き、一人で彩色し、一人で印刷し配布している団地内新聞です。部数は1000。目的は、この美しいたまプラーザ団地で40年変わりない緑を守ること、そのために、これを壊そうとする連中すべてと容赦なくたたかって勝つことです。壊すとは、350台の駐車場しかもたないこの団地に500台の駐車場を新設する計画です。それも一台100万円程度の低コストでです。すると解決法は、現在、棟と棟との間にひろがる美しい緑地すべてに無造作にクルマを並べるしかありません。緑地を全部つぶして、団地全体を広大な駐車場広場にかえる計画です。
 この20年、このような計画を執拗に推し進めているのは、第一にゼネコン業者です。特にこの団地を建設した日本住宅公団の後身のゼネコン業者JSです。自分のテリトリーと考えているようで、20年後の建てかえまで含め、あらゆる機会をとらえて土木工事を推進し、ビジネスにしようと必死です。この業者が頼りにするのが、自ら志願して長年、管理組合の役職に座り続ける人々です。とくに理事長です。
 現在この団地の理事長は、理事長は一年交代のルールをやぶって6年間続けている大変な人物です。津田塾を出た60歳のこの女性理事長は、精神的に特別な性格のゆえに、魔術的な弁論術をもち、虚言症、発作症も加わって、どんな論戦にも負けないタフなかたなので、団地管理組合の中で完全に独裁者の地位を築き、業者がやりたい計画をどしどし実行しています。彼女こそ、美しい団地をこわしていく第一の元凶だと思います。私の第一の敵です。私は、2004年から2年間、理事として理事会内部で、この理事長と孤独なたたかいを戦い抜きました。ある程度の戦果はありましたが、相手の牙城はビクともしませんでした。それは彼女が、無条件に賛成の挙手をするだけで、何も発言しない、考えてもいない大多数に是認され、支持されているからです。

第二の敵は発言しない大衆
 発言しない大多数、これが私にとっては第二の敵です。理事会においても、総会においても、何も発言しないこの大多数が、理事長の提案に賛成の挙手をします。多分何も考えず、理由は無しにです。疑問を持っている人でも、反対は通らず、結局は反対した人間が、少数派として差別されることを恐れ、賛成します。ですから、いったん理事長になったら、向かうところ敵無し、好きなように突き進むことができます。独裁理事長の出現です。
 でもこれはおかしな話です。団地理事会は、組合員から選出された理事たちが、共有財産の管理のために相談して実行をする組織です。報酬つきで利益追求の任務を委託された会社重役会とはまったく違います。理事長の役割は理事会のまとめ役であって、全責任を負う代わりに絶対的な権力を持つ会社社長とはまったく異なります。そこを誤解して、「自分は社長」と思い込んでいるのが、60歳のこの女性理事長です。

独裁を認める大衆に二つの顔
 この誤解が生まれてしまうのは、第一には、権力指向的な彼女の性格が原因していると思いますが、誤解が彼女一人にとどまらず、団地全体にひろまり、定着してしまうのは、このような非常識な事態を認めてしまっている大多数組合員にこそ責任があります。ここで認めてしまう人に二つのタイプがあります。一つは、骨がらみの封建的意識から「お上には従う」ことを身上としている人々です。この人々にとっては、「理事長」のように「長」と付く人は「お上」なのです。以前は、圧倒的多数がこのタイプでしたが、今は、少数派になりつつあります。いまや多数派であるもう一つのタイプは、自分の問題を自分で解決すると言う「自己責任意識」も、自分たちの問題を自分たちで相談して解決すると言う「自治意識」も欠如している人々です。これらの人々は、管理組合に対して無関心、無責任であり、自分だけが損にならないことなら「どっちでもよい」と何でも容認してしまいます。組合に対し文句や要求を突きつけるのは超一人前ですが、理事など管理組合の仕事は、多忙を理由に引き受けず、もし順番で回ってくると、何も経験のない奥さんに押し付けてしまいます。ですから、理事会は理事長の一人舞台になるのです。

なぜ自己責任・自治感覚が大衆から失われたのか
 このような「自己責任と自治自覚」の欠落は、「大衆消費社会」という現代社会と「政治のプロ化」という現代政治が、大衆にもたらした人格破壊の最大のものと思います。大衆の購買選択がビジネスの成功を決める大衆消費社会では、大衆を幻想で惑わし購入させる宣伝方法が高度に発達します。購入のサインさえすれば、「あなたの夢がかなう」と舞い上がらせ、それにともなう現実的な負担や責任を思いつかせない宣伝方法です。便益にともなう自己責任の意識を断ち切る宣伝方法です。これによって大衆は、自己本位化=痴呆化します。団地なら「駐車場がほしくないですか」という理事会の問いに「欲しい」と答えれば、「駐車場がもてるかもしれない」という期待だけで舞い上がってしまい、そのためにどれだけの負担や破壊、迷惑をおよぼすかは想像もできないのです。
 一方、政治のプロ化は人々が本来持っている自治意識を狂わせてしまいます。自治組織の首長は本来は人々が頼んでなってもらうのに、政治がプロ化し、職業化した現代では、政治家は大衆に自分を選択してもらうために、言葉とポーズによるサービスで大衆を幻惑します。企業の宣伝と同じことです。これが「サービス民主主義」です。それにならされた大衆は、無償奉仕活動である自治組織でも、役員によるサービスを期待します。一方役員になりたい人間の集団は、企業のまねをしたサービス活動を当然と考えます。このことが、「自治は、自分の時間とお金をかけてやるもの」という自治意識を根底から狂わせてしまったのです。

第二の敵を目覚ますには冷水しかない
 でもこの第二の敵は、意思決定者ですから、考え直して敵であることをやめてもらわねばなりません。目覚めてもらうことが必要ですが、これは並大抵の努力では不可能なことです。今までの経験から、無駄な努力は、いくつかはっきりしています。まず、高い立場に立って行う啓蒙的なアプローチは嫌われます。一方、高みからではなく、一緒に考えると言う立場で行う親切なアプローチもうるさがられます。すると残るのは、もっとクールなアプローチです。意見は出さずに、理事会側の文書が無視している側面や、わざと気付かせないようにしている負担と責任の問題について、坦々と情報を流すことです。つまり、ホントのことFact を知ってもらうことと、自己責任の自覚を促すことです。そのために出しているのが、Fact & Fair です。大多数組合員に読んでもらうよう最高の努力をした入魂の一作ですのでお読みください。さらにそこに紹介されているよう、私のHome Pageに、この問題についてのコーナーを開きましたのでご覧ください。特に「西村理事 理事会内部の孤独なたたかい」は読み応えがあると思いますので ぜひ見てください。
団地トップページに戻る
hajime@jimnishimura.jp