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どうしたら独創的研究ができるか
独創とoriginality
 独創とoriginality

 研究に限っていうなら独創的は英語のoriginalの訳語です.originalのoriginとは,the origin of the riverというように起源,源流を指します.つまりoriginalは「源流的」と訳すのが正確と思います.しかしこれはいつの頃からか「独創」的と訳され,二つの漢字のもつ意味からoriginalとは少し違った独自の意味内容を確立しているように思います.それは第一には「独」という字から「独走」というニュアンスをもっています.「その人しかできない」,「ほかのだれにもできなかった」というニュアンスです.第二には「創」という字から「価値」あるものを作るというニュアンスをもっています.したがって独創的研究とは「それまで誰もやらなかった,できなかった社会的な意義のある研究」ということになります.
 これは「源流的」ということとは完全には一致しません.独創的であれば源流的であることは間違いありませんが,originalには「独」というニュアンスはないのです.非常に多くの研究が集中したときにもoriginはあるとするのです.その判定の決め手になるのは時間的な「前後」だけです.たとえばトランジスターの源流にはBardeenとBrattenによる点接触型トランジスターの発見とShockleyによる接合型トランジスターの発明があります.この二つを比べてどちらが現代トランジスター技術の祖かと問われたなら,技術の内容から考えたなら文句なくShockleyでしょうが,originを重んずる科学史の立場からはBardeenらとなります.
 ノーベル賞はこのoriginalityで決まります.タンパク分子の質量分析で,ShockleyにあたるHillenkampfではなくBrattenにあたる田中耕一が受賞したのもノーベル賞委員会がもっぱらoriginalityにこだわるからでしょう.これはoriginを尊重するノーベルの哲学と言われますが,多様な多数の候補を一人に絞る場合,技術内容を価値判断しだしたら議論は収集つかなくなるが,originalityということで判定を仕事の時間的前後だけに限れば,選考を容易に行いうるという実際的事情もあるのではないかと想像されます.
 現在,科学の世界で強く叫ばれているoriginality尊重にはこのノーベル賞選考の基本ルールの影響が強く出ている気がします.最近の傾向では結果発表が一週間遅れれば決定的で,一方が受賞でも一方はNothingです.でもこれは何かおかしな気がします.その原因は「originは一つ」,「早い方がorigin」という基本ルールの前提がおかしいからでしょう.ノーベル賞になった例だけ見てもほとんど同着の仕事が多数あるのが普通です.また先行する仕事を辿っていくと最後には一つの源泉に達するというのも歴史を作るための思い込みです.つまり作り上げられたoriginalityという観念は,研究の実体からははずれているので,研究者自身がよい仕事をするために心の中心に置くべきものとは思えません.
 「独創」のほうがはるかにふさわしいと思います.これは人の業績を選考するための便法ではなく,研究者が最高の仕事をするために自分自身に課する心構えだからです.どんな研究も多数同時並行しているという上の認識に従えば、「独」あるいは「独走」は間違った認識に見えますが,これは「独」が外から眺めた客観的な認識ではなく,研究者自身が困難な仕事の最中にもち続けるべき主観的認識と考えれば正しいのです.実際にフタをあければ,多くの仕事が同着とわかる場合でもやっている最中は完全に独りです.したがってこの論考ではoriginalityではなく「独創」について考えていきます.
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