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どうしたら独創的研究ができるか
独走と社会
研究費と最初の研究
 研究費と最初の研究

 研究テーマの自由を確保するには大学,それも大学院学生の立場を選ぶしかありません.給料をもらえば好きなテーマが研究できることはないと考えて間違いないからです.研究室を選ぶときも注意が必要です.活気のある研究室を選ぶことは大事ですが,研究費が非常に多い有名研究室,特に教授がノーベル賞を意識しているような研究室は要注意ですoriginality重視で研究室全体が軍隊組織風の研究工場になっていて学生の独創的テーマなど,取上げる余地がないのが普通だからです.ではどんな研究室がおすすめか.それは次節の話題にしましょう.
 研究費,生活費の問題はさらに頭を使う必要があります.研究費も生活費も「社会」にお願いせねばなりません.しかしそれによるコントロールから少しでも自由になろうとするならできることは,まず必要額を押さえることです.研究費については最初は理論的研究に比重をおくことです.ただし理論研究が理論研究に終わるものはだめです.実験的に検証できる予測を出すか,あるいは新しい発明の提案を心掛けるべきです.そうなれば研究費は自然についてきます.Shockleyがやったのは理論研究による接合型トランジスターの発明でした.
 1959年東北大に入学した西沢潤一が半導体整流器の研究をはじめたのはShockleyのトランジスター発表の翌年でした.西沢が最初に取組んだのは実験データの特性をよく説明できる整流理論を作ることでした.この頃,いろいろ微分方程式を立てては計算ばかりした報告書が残っています.その結果気がついたのは,当時,絶対的権威であったMottの接触電位差の理論は実験と合わないということです.苦闘の中で辿りついたのは誰も知らなかったソ連のDavydovのp-n接点理論でした.これは半導体内の電子を平衡状態としてではなく運動する状態でとらえるものでした.このとき,西沢の頭の中に半導体中で動く電子のいきいきしたイメージができあがっていったように思います.その証拠に,西沢はその直後に整流作用を改善する方法としてp-n接合の間に純半導体を入れるpinダイオードを発明し特許を出願しています.これはGE(ゼネラル・エレクトリック社)より17日早く,西沢の大きな業績になりました.
 私の場合は,定年まで10年しかないとき,いきなり遺伝子工学の研究に入ったのですが,このとき,最初の半年間でやったのは任意抗原に反応して細胞増殖をひき起こす抗体受容体の発明でした.それぞれの遺伝子の釣り上げに2年はかかる時代で,それを遺伝子上でつなぐなど考えた人はありませんでした.
 まとめると,独走研究をしたい人は最初の研究として漫然と実験をはじめるべきではないと思います.やってさえすれば発見ができるほど科学の世界は甘くはありません.まずは,思考力と想像力を総動員して新しい理論モデルか発明を提案することを試みましょう.新米にできるかと思われるでしょうが,想像はよくは知らないからこそ湧き上がるので,いろいろ知ったらなくなってしまいます.研究をはじめて数年間の大学院時代こそ,対象に対する生き生きしたイメージがあって豊かな想像がわく時代です.この間にこのときしかできないことをやらねばなりません.そして新しい提案を社会にぶっつけて,堂々と研究費を要求すべきです.でも大学院を最短時間で通過しようとするとこんなことをしている暇はないでしょう.どちらを取るか,独走したい人はここでも厳しい選択を迫られます.
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