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どうしたら独創的研究ができるか
独走と社会
許される研究と許されない研究
 許される研究と許されない研究

 独走が社会と基本的に矛盾するため独走的に研究し続けることが非常に困難な生き方であることが理解されたと思います.するとこれに対し,「独走なんて必要なのか」という冷やかしの声がすぐ聞こえるように思います.もっと真面目な反論の声も聞かれます.「独創はoriginalityとすれば社会と対立しての独走は必要ないのではないか.つまり社会が期待する方向でハイウェイも準備されている研究テーマに乗り,世界的にoriginalityを高く評価される仕事をすればそれこそ独創ではないか」という主張です.
 必要かどうかは価値観の問題ですからここでは議論しません.しかし今後この問題を考えるために表面的でない事実=真実を伝えておきたいと思います.まず考えてほしいのは社会とは何かです.研究に関するかぎり社会とは単なる社会世論ではありません.それは国家です.社会が指向する研究とはつまりは国家が指示する研究です.国家は国家に望ましい研究を指示すると同時に望ましくない研究を阻止します.方法は,はじめは研究費抑制ですが,それでも効き目がなければ研究者の追放です.
 私は大学院のとき(1967年),先輩の遠藤一夫(北大教授)から,この仕組みを聞きました.彼の忠告は「君,国家にそむいちゃいけないよ.国家はなんでもできるんだから.何も書けないようにすることもできるし,職を奪うこともできるのだから」でした.でも結局,私は忠告を聞かず政府の技術施策が科学的に間違っているときは,それを鋭く追及する仕事をいくつかやりました.自動車の排ガス規制を技術的不可能を理由に政府がさぼろうとしたとき,計算上可能であることを立証して政府の審議会を総辞職に追い込んだこともありました.
 不思議に何の圧力も受けなかったので世の中が変わったのだなと思ってましたら,ある日突然,恩師ですでに退官していた矢木 栄から呼び出しを受け,今後いっさい公害環境の研究をしないように言われました.なぜ信頼する恩師から理不尽な命令をされるかはわかりませんでしたが,やがてわかった真相はこうでした.東大助教授が政府審議会を辞職に追い込む事態を見て驚いた政府と産業界の意向を受けた当時の工学部長が,私を東大から追放するよう学科に強い圧力をかけました.学科は私のまったく知らない間に私を関西の小さな大学の助教授に移す人事を決め,相手の教授会も通してしまいました.そのあと学科の創設者である矢木のところに報告に行ったら「なぜ出すんだ」ということになり,事情説明の挙句,公害研究をしないことを条件に東大に残すことを矢木が提案し,私を呼んで命令したのでした.この真相は,その数年後,会合で隣り合った大阪市大の先生から「あなたが西村さんですか.あなたは私の助教授に来るはずだったんですよ.それが突然東大の事情で中止になったのです」と聞いてわかったのです.
 環境の研究を禁じられたため,中止になったのが5年近く続けていた水俣病の原因の研究です.チッソ水俣工場が排出したメチル水銀が水俣病の原因というのは社会の常識になっていて,裁判でも確定していますが,実はこれは単なる推定で,科学にもとづいた結論ではないのです.チッソ工場と同じアセチレン水添反応でメチル水銀が副成するという実験報告もないし,チッソの排水にメチル水銀が含まれていたという実測結果もないからです.そのため科学者,特に海外の科学者はこの常識を信じていません.チッソが水俣湾に排出した大量の水銀が環境中でメチル水銀に転化したと見ていました.でもそうすると不可解な謎が残ります.チッソ工場は1933年から操業しているのに20年後の1953年になってなぜ突然水俣病が発生したのか,チッソと同じ反応を使う工場は世界で40ヵ所もあるのになぜ水俣だけで水俣病が起こったかという謎です.
 私がこの研究を始めてすぐ気づいたのは,これほど大きな問題であるにかかわらず,また毎年数万の化学論文が発表されているにかかわらず,工場内でのメチル水銀生成の可能性を研究した論文は皆無ということです.1報だけ例外がありましたが,それはメチル水銀の生成はないとする昭和電工の論文です.不思議に思って調べてみると,大学でも企業でもメチル水銀について化学的に研究することは厳しく禁じられていることがわかりました.研究費が出ないことはもちろん,自費でやっても上司や周囲からストップがかかることを知りました.私の場合しばらく続けられたのは,すでに独走していて上司も周囲もなかったからでしょう.そこで最後の手段として追放が考えられたのでしょう.
 結局私が水俣病の研究に戻れたのは定年後,どこにも所属せず,自宅で研究を始めてからです.もし組織に所属して給料をもらっていれば,必ず給料を餌にして抑えこまれたと思います.50年前,遠藤一夫が言ったことはいまも本当です.たとえ国家にそむかなくても上司にそむけば同じ運命が待っています.独走は困難です.でも私は遠藤と同じ忠告を君たちにするつもりはありません.君たちの何人かは上司に示された道を無難に進むよりも自分の考えで切り拓いた道に上に小さいが歴史に残る発見か発明を残したいと思っているのがわかっているからです.こういう人は忠告を聞かないと思います.その理由は「自分は困難を乗り越えられます」という自信なのか「自分の生涯ですから」という覚悟なのかはわかりませんが.
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