Jim Nishimura Web site
どうしたら独創的研究ができるか
独創は二人の仕事
PowerとControl,ClimberとRouter

 PowerとControl,ClimberとRouter

 優れた独創とは何かを考えるために少し考える幅を広げて運動競技とか芸術を取り上げて優れているものは何が違うのか考えてみましょう.テニスの場合ですとよいショットとはPowerとControlのあるショットです.ボート競技なら漕者のPowerと舵手のControlが決め手です.最小限の舵で最短の航路を実現するのが舵手の腕です.少し飛んで芸術の場合は,それに相当するのは美を実現できる芸術的才能と自分が表現したい芸術的意図です.ところが意図は美を損ないやすいので,意図が強いほど高い芸術的才能が必要になります.たとえばPicassoは作品の意図が強烈であり,それが目立ちますが,実作を落ち着いて見ると線と色の美しさは比類なく,歴史上の画家の中でも群を抜いていることがわかります.だからこそ絵画の破壊と創造に成功したのでしょう.
 研究も基本的には同じです.独創的研究に必須なのは高い専門能力と見通しのきいた目標設定で,いずれを欠いても決定打にはなりません.では独創的天才たちはいずれも桁外れの専門能力と目標設定能力の両方を備えていたかというとそうでもありません.1905年Einsteinが六つの論文を書いたとき,彼の専門能力は物理学者からみれば初等数学レベルでした.でもこの六つの論文のいずれもが物理学を根本的に変え,20世紀という時代を作る基礎石になったのです.彼は自分のやること,それに必要なことがよく見えていて無駄なことはやっていません.
 これに対し,Schrodingerは当時の物理学者としては最高の数学能力をもっていましたが,39歳までは目立つ仕事はありませんでした.ところが1926年突然六つの論文を書いて現在われわれが知っている量子力学を作り上げたのです.電子は粒子ではなく波動であると考えて波動が従う力学を作り,これがその前年Heisenbergが発見した粒子の量子力学と同一であることを証明したものです.最高のHowmanである彼の真価が突然に発揮された仕事ですが,これは「電子は粒子であると同時に波動でもある」というde Broglieの与えた目標設定がよかったからでしょう.
 超弩級の天才だけ並べても,研究能力と研究目標設定にはこれだけのアンバランスがあります.これはこの二つが基本的に矛盾するもので,その両立が難しいことを示しています.もしこの二つを高いレベルで一人でこなせるなら天才です.凡人はこのうちのどちらかができればよいほうです.したがって凡人が独創に挑戦するには一人では無理で,少なくとも二人で取組む必要があります.
 以下わかりやすいようにロッククライミングにたとえて,二人をClimberとRouterと呼ぶことにします.Routerとはルートを考えて指示する人のことです.映画にたとえればActorとDirectorに相当します.これはHowmanとWhymanの区別に似ていますが,Howman,Whymanは人の性向と能力であるのに対し,Climber,Routerは組織の中の人の役目ですから二つは区別する必要があります.しかし二つは事実上重なっています.Climberはほとんど間違いなくHowmanです.これに対し,Routerは必ずWhymanであるとは限りません.Climberのレベルによります.Climberのレベルが高いときは彼をNavigateできるのは彼が尊敬できるWhymanに限りますが,そうでないならレベルの上のHowmanで十分でしょう.
 本格的な仕事は対等な二人ですべきであるというのは50年の研究生活を振り返って痛切な結論です.私は多分に独走型の人間なので,自分一人であるいは学生を手伝わせて行った研究がほとんどです.これに対し,同格の人と協力して二人でやった仕事は二つしかありません.いずれも著書になった仕事ですが,「化学プロセス工学」と「水俣病の科学」です.ところが一人でやった仕事と二人でやった仕事を比べると,仕事の意義,内容の深さ,その後のインパクト,いずれをとっても比較にならないほどの違いがあります.
 その違いの原因は当人からみれば明確です.第一は仕事への集中度の違いです.これは仕事をやった時期に関係します.「化学プロセス工学」は助手の時代,「水俣病の科学」は定年後の仕事ですが,いずれの場合も朝から深夜まで何日間も中断なく仕事できました.現役の助教授,教授時代にはとても無理なことでした.
 第二は研究期間の長さの違いです.現役時代の仕事はほとんど1〜2年が一区切りですが,この二つの仕事は5〜7年トンネルを掘り続けてやっと抜けた仕事です.これは二人の仕事ということに関係します.いずれの仕事もClimberは私でしたが,Routerは別にして「化学プロセス工学」では教授の矢木 栄,「水俣病の科学」では友人の岡本達明でした.二人の性格はまったく違いますが,Climberへの要求の厳しさは共通していました.矢木は貪欲な人で,私にまったく不可能と見えるピークへの登坂を求め,私が辛くも成功して登頂の満足に浸っていると,ここはまだ頂上ではないとその先に見えるピークを指示し,これが際限ないのでした.岡本は貪欲さのほかに厳密さが加わりました.水俣病の原因解明は,人々の記憶以外には当時の状況をあらわすデータがまったくない中,仮定と実験と科学的推論だけで当時の状況を完全に再現する試みでした.私が数カ月の辛苦の結果,ある状況について推論をレポートにして岡本に送ると「これは経験と違う」「この仮定は認められない」と根本的否定の返事が返ってきます.気を取り直し,また数カ月かけて再挑戦するとまたもや根本的にダメです.何についてもこれを3〜4回繰り返すので,集中してやっているのに5〜7年かかったのです.
 第三は課題の大きさと問題設定の深さの違いです.Howmanである私が一人でやった課題は研究者の間で懸案になっていた問題について何か卓抜な(?)解決法を思いつき,それを実行したというのが多いのですが,この二つは違っていました.課題の字面だけからは課題の大きさはわかりません.水俣病の原因は研究をしてみて初めてそれがトンデモない怪物であることに気づくはずです.でも怪物にもいろんな対処の仕方があります.耳を切ってもシッポを切っても一応の成果です.Howmanである科学者の凱歌とは大体そんなものです.ところが私には運悪く岡本というRouterがいて,そんなものでは許してくれませんでした.岡本は私と同じ年に同じ大学の法学部を出てチッソに入った単純人間ですが,チッソという怪物会社に徹底的に人間を踏みつけられたのを機に,50年怪物への復讐だけに生きてきた男です.水俣病が発生した状況もすべて経験しているので,Whyという疑問に突き動かされ,あらゆる研究資料を渉猟して考え続けてきた男です.二人は30年前初めて会ったとき,互いに何か魅かれるものを感じ,徹底的役割分担をした共同研究が始まりました.よいRouterの第一条件は情念の深さだと思います.

ホームページに戻る
hajime@jimnishimura.jp