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人の値段 考え方と計算
Preface  はじめに

 はじめに

 コトバではなくモノで
 青色発光ダイオードの基本技術を発明した中村修二に会社が200億円支払うように命じた2004年1月の東京地裁判決は、金額の高さで日本中を驚かせました。その非常識を非難する判決批判の嵐の中で、私は「問題解決の考え方はこれしかない」という判決支持の論を発表しました。
 しかし金額そのものを支持したわけではないので、額については批判者が、相手側も認める根拠にもとづいて妥当と思う額を提示すればよいとしました。
 判決が認定した600億円(請求が200億円だったので判決額は200億円)に対し、批判者側の評価はせいぜい2億?3億円で、100倍以上の開きがありました。
 双方の主張が100倍も違う問題というのは、生粋の理科人間である私の血を騒がせました。理科人間とはコトバによる言い争いを好まない人間だと思います。コトバでは決着はつかないと思うからです。それよりだれもが納得する論拠をモノで示そうとします。
 今回私がやったこともそういうことです。当事者双方を含め、だれもが認める事実を積み上げ、これを分析してルールを引き出し、それにもとづいて坦々と計算をくり返し、中村修二が受けとるべき金額は??億円と明確に結論したものです。
 ガリレオ物理、社会物理
 この結論に双方が納得するかどうかはわかりませんが、結論に至る各ステップには大きな異論は出ないと思います。それは意見ではなく事実であり、定量的推論だからです。事実と定量的推論で世界を理解するのはガリレオの物理です。それはニュートンとかオームとか、法則だらけの物理学がはじまる前の物理(モノの理)です。
 私がガリレオ物理を使って長年の論争に決着をつけた一例が新潟水俣病です。会社は和解には応じましたが、メチル水銀は生成していないという主張は変えませんでした。ところが、生成していないと主張した30年前の会社側論文のデータをくわしく分析した私は、計算の誤り(故意?)を見つけ、これを正すと、大量のメチル水銀が生成していたことを証明できました。会社側は一切の反論をしませんでした。(『現代化学』2003年3、4月号)
 ガリレオ物理は社会の問題にも適用できます。第二次世界大戦中、戦闘研究(オペレーションズリサーチまたはOR)と呼んでこれをおこなったのがアメリカ、イギリスです。私はこれを社会物理と呼んで、いままで主として公害の問題を研究してきました。それを人の仕事の価値の問題にしたのが今回の研究です。
 ゲマインシャフトとゲゼルシャフト
 人が共同し協力して一つの仕事をし、そのあとで個人の貢献の程度を決めようとすると、むずかしい問題にぶつかります。みんなでやった仕事は、だれか一人いなくてもできなかったはずです。数学で表現すれば、成果は個人の貢献のかけ算です。この場合、全体の成果がわかっても、これから各人の貢献度を決める客観的方法はありません。貢献度の割りつけは、どのようにでもできるからです。
 もし組織内の個人の貢献度を知りたいなら、唯一の確実な方法は、その人をはずしてみる、あるいは他の人と置き換えてみることです。不採算の原因が製造にあるか販売にあるか、内部で論争しても決着するはずはありません。パートナーを入れ替えてみればはっきり結果がわかるはずです。たとえば「この役目は自分にしかつとまらない」という人がいて、まわりもそう信じているなら、その地位を公募してみて、しばらく他の人と交代してみたらよいのです。本当かどうかは、まもなくわかります。
 つまり、閉じた孤立した組織の内部では、貢献度を客観的に評価できる可能性はありません。評価には、組織を社会に向けて切り開くことが必要です。また地位と人の固定的結びつきを解いて、人は契約によって、決められた期間だけその地位につくようにしなければなりません。
 これら二つの組織のあり方をあらわす言葉が、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトです。ゲマインシャフトの意味は共有共同体で、家族が一番の例です。そこでは財産は共有であり、各人の役割は固定しています。各人はそれぞれの役割に応じて働き、だれの貢献度が大きいかなど考えてもみません。この家族的関係を社会に広げたのがコミューンあるいは村落共同体で、これがゲマインシャフトです。これに対し契約によって協力する関係がゲゼルシャフトです。ビジネスはそういうものです。
 人間関係としてゲマインシャフトが理想か、ゲゼルシャフトがベターかは、永遠の議論であり、各人の好みもありますが、個人の貢献度を評価する必要がある時は、ゲゼルシャフトでなければなりません。
 リプレーサブル(代替可能)
 ゲゼルシャフトでは、組織の構成員は契約によってその地位についていますから、大部分の人は入れ替え可能、replace可能です。つまりリプレーサブル(replaceable)です。もちろんそうでない人もいます。その人の貢献なしには組織の「いま」が考えられないような人です。
 ところでいま我々に関心があるのは、何百人かが共同、協力した仕事であげた収益をどのように分配するかの問題です。ゲマインシャフトでは権力者が一存で決める以外の解決法はありませんが、ゲゼルシャフトならつぎのようにして合理的解決をはかることができます。
 まず成員をリプレーサブルな人とそうでない人に分けます。リプレーサブル成員は、市場での値段が確定していますから、収益からまず、その報酬を支払ってしまいます。残った額を、リプレーサブルでない人の間で分けます。その仕方を論じたのが本書です。
 すると本書はリプレーサブルでないごくわずかの人の利権を論じた本ではないか、私には関係ないと思ってしまう人がいるかもしれませんが、それは間違いです。人はリプレーサブルな人とそうでない人に固定的に分かれるのではありません。状況によって変わるものです。状況がリプレーサブルでない人をつくるのです。ボートで洋上を漂流しはじめた一団の中では、もとの社会的地位は関係なく、生きのびるための問題解決能力をそなえた人がリーダーになるのと同じです。
 日常の仕事の中でも、人は「いつ」「何によって」リプレーサブルでない人に変わるのか、豊富な実例でそれを伝えるのが本書の隠されたねらいです。
 理科よがんばれ
 この本は、コトバでは解けない世の中の難問がガリレオ物理の方法で解けることを示した、社会物理のデモンストレーションです。考え方と計算の手法がだれにものみ込めるよう、数々の事例を展開し、伏線をはり、それを最後の一点に一気に流し込んであります。理科的思考のダイナミズムを味わっていただければ幸いです。
 この社会物理を日常生活で使いこなすために必要な提案を一つおこないます。それは、お金の額の表示を他の物理量と統一することです。物理では、大きな数字の位取りは、千、万、億を使わずk(キロ、千)、M(メガ、100万)、G(ギガ、10億)を使います。ですからパソコンのメモリーは256MB(メガバイト、2億5600万バイト)、ハードディスクは40GB(ギガバイト、400億バイト)です。お金も同様に、kY(キロ円、千円)、MY(メガ円、100万円)、GY(ギガ円、10億円)とすると、計算がたいへん楽になります。たとえば、定価680円の『バカの壁』が300万部売れたらその金額は、
  0.68kY*3 M=2.04 GY
20億4000万円と暗算できるからです。680円は0.68kYです。右の計算は0.68に3をかけて2.04、k(キロ)にM(メガ)をかければG(ギガ)だからです。本書の計算はすべてこの方式でおこない、結果は二つの方法で表示してあります。
 本書の執筆態度
 本書は扱っている主題が「ハイテク特許の相当対価」であるため、論ずる範囲は、特許の技術内容評価から会社の財務分析まで、非常に幅広い専門分野にまたがるものとなりました。しかもその内容は、現在、双方が法廷(高裁)で争っている論点そのものであるため、非常に高度なものにならざるをえませんでした。本書は、それぞれの点についての徹底的な研究をもとに書き上げられたものですが、この研究は、比較的短期間に著者がいかなる専門家に相談することもなく独力でおこなったものです。
 専門家に相談しなかったのは、専門家はお互いに結びつきがあり、それに応じて立場と意見が強いものなので、相談することによって心理的に制約されることを恐れたからです。例外は指揮者の榊原栄氏と愛媛大学医学部名誉教授の日和田邦男氏の二人だけです。
 このほか、関係者二人には短時間会いましたが、これは相談ではなく証言を得るためのインタビューで、内容は本文中に記した通りです。
 執筆後、原稿を読んでコメントしてもらう仕事も、その内容や結論が法廷で争うべく準備しているいずれかの側に知られることにより本書の公平性が損なわれることを恐れ、ごく親しい友人数人に限りました。そのうちていねいに読んで貴重なコメントをいただいたのは、共通の関心で結ばれた若い友人佐藤知一氏です。
 客観性を重んずる本書の立場上、著者の個人的人間関係が表記の公平性を損なうことを恐れ、人名はすべて敬称を略させていただきました。
 このような執筆態度のため、文献やデータの探索でもっぱら助力をお願いしたのは、講談社ブルーバックス出版部の堀越俊一氏です。原稿全体を精読し、数々の貴重なアドバイスをいただいたのも堀越氏であり、深く感謝します。
   2004年9月30日 西村 肇



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