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国際文法感覚で作った新日本文法 N文法
I 部 研究の目的と方法
2 なぜ文法を変える必要があるのか

2 なぜ文法を変える必要があるのか

文法の一番大事な機能はなにか
  正確で速い言語コミュニケーションのためには、プレゼンテーションの大構造、中構造、詳構造を充分に把握していることが必要です。ここで大構造とはパラグラフを要素とする全体の構成およびパラグラフのロジカルな流れです。中構造とは文(sentence)の構造であり、これは文節(clause)を要素としたその立体的組み立てです。文は主文節と副文節からなりますが、副文節の役割は、前置文節、従属文節というだけでなく、順接と逆接とがあり、また前提文節(仮定文節)、修飾文節、挿入文節とさまざまな位置関係で主文節に性格的な意味を与えます。小構造とは文の最小要素となる品詞の正確な使い方です。
  速くて正確なコミュニケーションのためには、自分の考えをまとめて発信する発信者が文の構造を大中小のどのレベルにおいても、自分の頭の中に明確に持っていることが必要なことは無論ですが、もう一つ大事なことは、コミュニケーションの相手である聞き手、あるいは聴衆がこの構造の理解を共有していることです。
  報告、論述、意見、感想のいずれにせよ、その構造の理解というものは、暗黙的なものではなくて明示的なものでなければなりません。つまり明示的なルールに従って、論述の大中小のレベルの構造が、誰にでも明らかになるものでなければなりません。それがまさに文法の理想の姿です。
  ところが現存の日本の文法はそのような役割をはたしていません。人々は試験のときにしか文法に注意しません。文法の意識なしに文章を書き、書かれたものを理解しようとします。しかし正しい日本文を決めているルールが、ないわけではありません。たとえば、「は」と「が」の使い方に付いて、心理的にはきびしいルールがあり、人々はそれに従って、間違いなく正しい使い方をします。しかし現在の日本文法では、その心理的ルールは、明示化されてないので、外国人は、「無理」といわれてあきらめるしかありません。日本文法の現状がそうなら、これを理想の形に向けて作り変えなければなりません。


2.2 欧米文法の現状
  文法には、原理的には、形態文法(形式文法)と意味文法がありますが、屈折語の世界では、形態文法が圧倒的に主流です。そしてその対象は小構造に絞られます。つまり名詞の格変化、動詞の活用が文法の中心です。特にロシア語、フランス語ではそうです。これに対し格変化も動詞活用もないに等しい英語では、文法学者の関心は中構造、大構造、さらにはコミュニケーション論に向きます。内容も意味論にウエイトがかかります。
  しかし文法学者として意味論を拒絶する主張も強いのです。英語の文法学者たちが、形態文法の中核として重視するのは、統語論( Syntax )です。つまり一つの文はどのような品詞がどのような順で列んで意味ある文になりうるのか、それを支配している規則は何かという研究です。チョムスキーの文法の中核はまさにそこにあります。彼の研究は、アメリカや日本の言語学者の間では、圧倒的な評価をされていますが、統語論はあくまで、英語の主要関心であり、成果であって、他国語には必ずしもあてはまりません。例えばロシア語では、語順はまったく自由であり、しかも多くの場合、人称主語は省略します。省略しても意味は正確に通ずる動詞の構造になっているからです。理由は違いますが、日本語でも人称主語を省略するのが普通です。それでも間違いは起こらない構造になっています。


2.3 英語が国際語となった理由と英文法
  ヨーロッパ大陸では、はじめラテン語が、つぎにはその嫡出子であるフランス語が、公用語でした。世界的にも、第二次世界大戦までは、この状態が続きました。それが崩れたのは戦後です。ヨーロッパ共同体でも、実質的に第一公用語は英語になり、フランス語に固執するのは、フランスの政治家ぐらいになりました。英国がECに加盟する前からです。
  英語がライバルであるフランス語を抜いて国際語として圧倒的な強みを発揮している背景としては、国際社会におけるアメリカの地位が決定的でしょうが、それを助けているのは、いろいろな意味での英語の使い易さ、使用満足感でしょう。その理由として、第一に語彙の豊富さとニュアンスの精密さがあり、第二にイントネーションとアクセントの存在から来る音声心理学的な躍動感、開放感があります。しかし、もっとも大きな理由はスピード感、つまり正確さを損なうことなく、他のどんな言語より速い会話が可能な言語的特質です。
  これは話し手にとっては、そういう速い発音が可能ということですが、さらに重要なのは、慣れた聴き手にとっては、その速い発音列の中から完全な単語列を認識できることです。これはどうして可能かというと、単語の配列を規定するルール統語規則( Syntax )を,話し手と聞き手が完全に共有しているからです。I (私) といえば次には必ず助動詞が来る。これは五種ぐらいしかないから予見可能です。その次に来るのは動詞だが、これも状況に従えば10語ぐらいのうちの一つに絞れます。その次に来るのは、動詞が他動詞ならば、冠詞のaかthe、自動詞ならば、前置詞のtoかforかwith、に絞れるという具合です。
  日本人が速い英語を聞き取れないのは、耳が発音に慣れていないという面もありますが、Syntaxを自分のものにしていないため、次に来る音の予見ができないという面が大きいのです。Syntax規則が明示的に確立していて、精密なルールが、話し手、聞き手に共有されていることが、英語のスピーディーなコミュニケーションを可能にしている主な理由でしょう。

日本文法の現実
  結論から先に言えば、現在の日本語文法は、日本語の理解にも正確な使い方にもまったく役にたっていない無用の存在です。文法の主要な役割である品詞の変化のルールについてもほとんど明示的な規則はありません。ただ一つあるのは、動詞についてで、四段活用とか上一段活用とかがありますが、人々はこの動詞は何段活用だと覚えていて、そういう活用をするのではないようです。文章の主格は「は」か「が」といわれますが、どんな時に「は」でどんな時に「が」かは、明示的なルールは確立していません。しかしながら人々は、正しい使い方を「会得」していてすぐ間違いに気付きます。つまり人々は心理的には文法規則を完全に会得しているのに、文法はそれを明示できない。したがって文法はまったくの無用の長物になっています。これが日本文法の現実です。
  日本文法の起源は古い。多分千年に及ぶでしょう。明治以降、近代文法の研究が始まってからでも150年は経っています。しかし、日本人の誰もが確実につかんでいる心理的文法規則を、日本文法としては未だに明示化できない。これは大変に異常な事態ではないでしょうか。文法研究か科学研究ならば、ありえないことです。でも現実にそうならば、日本文法は、もっとも基本的なところに、欠陥があるからではないか、最初のボタンの掛け違いをしてしまっているのではないかと思われます。

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