大江健三郎 

万延元年のフットボール


夜明けまえの暗闇に眼ざめながら、熱い「期待」の感覚をもとめて、辛い夢の気分の残ってい

る意識を手さぐりする。内臓を燃えあがらせて嚥下されるウイスキーの存在感のように、熱い

「期待」の感覚が確実に躰の内奥に回復してきているのを、おちつかぬ気持で望んでいる手さぐ

りは、いつまでもむなしいままだ。力をうしなった指を閉じる。そして、躰のあらゆる場所で、

肉と骨のそれぞれの重みが区別して自覚され、しかもその自覚が鈍い癒みにかわってゆくのを、

明るみにむかっていやいやながらあとずさりに進んでゆく意識が認める。そのような、躰の各部

分において鈍く痛み、連続性の感じられない重い肉休を、僕自身があきらめの感情において再び

引きうける。それがいったいどのようなものの、どのようなときの姿勢であるか思いだすこと

を、あきらかに白分の望まない、そういう姿勢で、手足をねじまげて僕は眠っていたのである。