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冒険する頭 新しい科学の世界
  なぜこの本を書いたのか

  なぜこの本を書いたのか             

 私は東大工学部の化学工学科というところで、システムエ学と環境問題を教えています。大学では、教えることと研究することは同義語のようなものですから、私は大学でこれらの問題を研究している人間です、といってもよいのです。
 その私が、なぜこのような本を書いたのかをまず説明しましょう。
 東大の工学部では、四年の課程のうち最後の半年間は卒業研究にあてています。これは、小学校以来の教えられる勉強とはまったくことなる、自分できりひらく勉強なのです。
 研究というのはいわぱ宝さがしです。先生は、遠くの島の名前をあげて、このあたりにおもしろい宝がかくされているのではないかといってくれますが、たしかなことは先生も知らないわけで、結局、自分で考えて、自分の責任で行動せねぱなりません。
 島までゆく方法ぐらいは先生も知っていて、教えてくれるかもしれませんが、島に着いたあとは、白分の考えと判断で歩きまわり、宝をみつけだすように努力するしかありません。
 実際にやることは、専門的論文や著書を読んで研究計画をたてること、実験装置を設計し、自分でつくること、複雑な測定器を使って忍耐強く長時間、長期間の精密な実験をおこなうこと、こうしてえられた実験結果の意味をふかく考えてみてつぎにどう進めばよいか判断をくだすということのくりかえしでしょう。
 これは教えられる勉強とはそうとうにことなる勉強です。したがって、こうしてえられる卒業研究の成果も、学業成績とはあまり関係がないのです。
 その年、私は、自分が指導した六人の学生から提出された卒業論文を審査しました。六人はいずれも同じように熱心に実験しましたので、同じような卒業論文がでてくるものと予想していたのですが、でてきた論文を見ると、そのできばえにあまりに大きな差があるのでびっくりしました。
 ひとことでいうと、研究者が書いた論文になっているものと、学生の書いた実験報告にしかなっていないものとのちがいです。それはけっして論文を書く技術の問題ではなく、自分がいろいろ考えて宝さがしをしたのか、なんとなくいわれるままに歩きまわったのかのちがいのように思われました。
 さらによく読んでいくと、論文には、その人の人間というものが、そのままあらわれるのだということがよくわかります。
 その人の勉強と考え方にそうとうのひろがりがなければ、自らやる研究などというのはできないわけです。入学試験という、一定の高さのバーをこえてはいってきた人たちですが、そのひろがりはさまざまです。自らのひろがりをとことんきりつめてこれを高さに変えて、バーをすれすれにこえるのが、受験技術というものでしょう。
 こういう受験技術なしに希望の大学にはいることははなはだむずかしくなっています。しかし、いったんこういう技術を身につけてしまった人たちを、いくら大学で教育しても、自ら研究する人に育てるのは、まず不可能にちかいのです。
 入学試験でひろがりもはかれないかという話もありますが、多分はかれないでしょう。幅は千差万別だからです。そして多分、幅で大事なのは、たんなる知識の量やひろがりでなく、その知識を追い求める、ひろくふかい関心の強さだからです。
 さきほどの卒業論文の例にもどると、よい論文を書いた人たちは、結局、そうでない人にくらべてはるかによく勉強した人たちでした。スタートラインはみんな同じですから、これだけの差をつくったのは、「どうなっているんだろう」、「どうしてだろう」という、あくなき知的好奇心があるかどうかのちがいでした。
 関心と好奇心はやや性質がちがいますが、入学試験で関心の強さがはかれないのと同様に、大学教育で好奇心を育てることはできないのです。
 私は、研究する人に重要なのは、モノにたいするセンスと、知的好奇心だと感じていますが、これは、学校教育で育つものではなく・家庭環境、友人環境に負うところが大きいと思います。とくに父親の影響が大きいと思います。
 モノにたいするセンスは、小さい時からモノをいじっているかどうかで決まりますから、モノをいじる父親かどうか、父親の影響が大きいのは当然です。つまり一種の教育と考えることができます。
 これにたいし、好奇心のほうは、教育でどうなるものとは、考えにくいのですが・私の経験では父親や友だちとの話が大きな刺激材料でした。知的好奇心とは、自分の中に、質問する自分と答える自分の二人がいて、二人がとめどない対話を展開していくことだと思うのですが、このためには、現実にだれかとそういうおしゃべりをすることがよい手がかりなのです。
 好奇心に限りません。考えるということ自体が、自分との対話なのです。ですから、対話のきらいな人は、考えることもきらいなようです。そういう人にとって結論は明らかであつて、くだくだ議論する必要はないのです。受験秀才は、だいたいそういうタイプです。
 これにたいし、科学の研究というのは、一見明らかに見えることがらを、もう一度、それがあたりまえかどうか問いなおすことからはじまります。もちろん科学者の中には、答えるのだけがうまい人もいますが、どんなに有名でも、そんな人はやはり一流とはいえません。問いを発した人が一枚上手なのです。
 こういう意味で、科学は対話です。したがって科学者の仕事の大事な部分は、しゃべること、しゃべる中で考えることです。
 こういう対話の習慣をつけるのは、父親の役目だと思います。母親は自分の産んだ子にたいして、友だちづきあいの対話をするのがなかなかむずかしいようだからです。それに、父親のほうが日常の生活の中で対話の習慣になれているはずです。
 私の場合も、母親は結論型で、父親は対話型でした。母親はいつも忙がしくて、口より先に手がでました。つとめが比較的ひまだった父親はよく家にいて、レコードを聞いたりしながらしゃべるのが好きでした。
 父親の話は、子ども時代のことや、仕事の話やおとなの世界のこともありましたが、印象に残っているのは、有名な人物にたいする批評、歴史の話、それに時事問題、とくに戦争の状況にかんする解説です。これらは、なんでもかんでも学校で聞く話とさかさまだったからです。子どもは、先生のほうを尊敬していますから、くってかかります。それからえんえんと話がはじまるのです。
 こんなのは、平均的ではないにしても、昔はよくある家庭風景でした。人の家をたずねて、半日あがりこんで話を聞くなどというのもふつうでした。
 父親たちには今よりだいぶ余裕がありました。いそがしいなどというのは紳士として恥ずかしいことだったのです。戦後、ひまなことが恥ずかしいことのようになって、みんなきそって働きまくるようになると、こんな対語もむずかしくなったようです。私白身、自分の子どもとあまりしゃべる機会がないのです。
 しかし、今の学生を見ていると、そういう話をしてやる人が必要だという気がします。学問をしたいと考えている人には、せめて高校時代に、「学間とはなにか」、「研究はどうやるのか」、「学問や研究で生きるとはどんなことなのか」、父親のことばで語してあげる必要があると思います。
 父親のことばという意味は、学校の先生から聞く模範答案のような、おもしろくもおかしくもない話ではなくて、少しぐらい独断と偏見にみちていてもいいから、ひとりの人間の体験にねざした、ホントウの語、ホンネの語という意味なのです。
 そう思って書いたのがこの本です。学間と自分たちの研究のことを書いた本ですが、大学の先生として書いたのではなく、父親として書いたものです。ですから、語が少々枝葉にわたることも気にしませんでしたし、教師としてたてまえの上では口にできないような独断と偏見もそのままだしました。君たちがそういうところに、おおいに反発してくれれぱ、私がもくろんだ対話がはじまるのです。

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