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専門家にたちむかうドン・キホーテ

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 にごりの真犯人

 そこでつぎは、プランクトンとともに瀬戸内海のにごりをます原因となっているこの小さな粒子が、どこからきたのか調べてみる必要があります。
 顕微鏡で見てみると、大きさは数ミクロンから数十ミクロンで、ほとんど泥と同じに見えますが、その起源がなにかは、泥を見ていただけではわかりません。
 こういう時、定量的に考えてみるのが有効です。瀬戸内海のにごりの総量は、にごりの濃度が1ppmとして、約五〇万トンになります。
 このにごりは、一部は底泥に沈降し、一部は、豊後水道、紀伊水道を通って、外洋にでていきます。その量は、海水の交換量と濃度から計算できますが、毎日一万トン前後と推定されます。
 したがって、瀬戸内海がきのうと同じように、きょうもにごっているというのは、毎日一万トン前後のにごりの供給かあるということです。逆にいえば、顕微鏡で見たところがどんなに似ていても、毎日一万トンずつ供給されるものでないと、いま私たちがさがし求めているにごり原因物質ではないわけです。
 排水にふくまれていて、それと一緒に瀬戸内海に放出される粒子状物質の量は、一日約二〇〇〇トンです。そのうち、海のにごりになるようなこまかい粒子は、一日数百トン程度とみられます。
 ということは、排水はたしかに瀬戸内海のにごりの原因ではありますが、そのおもな原因と考えるには無理がある、もっとほかに大きな原因があるはずだということです。
 六月末のあるむし暑い夕方、平泉君と私は、いつものように二人で大きな黒板のまえに座って、にごりの原因物質について討論していました。
 私たちが話しながら考える時は、いつも黒板を使うのです。そして、「それはどういう意味 ?」、「それはちょっと計算してみて」、としつこく相手に質問し、考えを明確にのべてもらうのです。そして、少しでも考えがちがうところがあると、こんどは相手が黒板のまえに立って、自分の考えを説明するのです。
 この時も、私が、排水がもちこむにごりだけでは、瀬戸内海のにごりは説明できないということを話しました。
 平泉 「河川のもちこむにごりは考えた?」
 西村 「それは昔も今も同じじゃないか」
 平泉 「そんなことはないですよ。河川流域の森林がきりはらわれた結果、山からの土砂の流出がすごくふえたのを知らないんですか」
私は一瞬つまりましたが、すぐ反論しました。
 西村 「それは海のにごりとは関係ないはずだよ。陸上から海にはこばれた泥は、海水中のイオンの働きで凝集して、すぐ沈降してしまうからね」
 平泉 「それはそうだけど。そうすると、海の底にたまっている泥の場合はどうなるんだろう」
 西村 「なるほど。すでに海の底にある泥は、もうイオン凝集がきかないので、まきあがれば、しずみにくいはずだ。でも、まきあげというのは風の作用だろう」
 平泉 「あれ、西村さんは、しらふじ丸の航海で、尾道沖のしゅんせつ浮泥に気づかなかったんですか。しゅんせつ船のまわりは、泥で海が白っぽく見えたでしょう。
 最近のしゅんせつ船は、スクリューをまわして底泥をまきあげたあと、そのスラリー(泥水)をポンプでそのまま埋め立地にはこびますからね」
 西村 「そうだ。そうだ。埋め立て地ではあらい砂だけ沈降させてこまかい泥は水と一緒に海に捨ててたね。しゅんせつ地点と埋め立て地点の二か所で、浮泥が発生するわけだ。その量はどのくらいになるんだろう」
 平泉 「埋め立て面積をしらべてみましょう」

 瀬戸内海での埋め立ては、一九六二年までは、年間せいぜい〇・一平方キロぐらいでしたが、一九六五年以降は毎年一〇?二〇平方キロにふえています。これは、瀬戸内海の透明度が急にさがりはじめた時期と一致しているのです。これを泥の量にすると三億トンになります。一日約一〇〇万トンです。
 このうち一〇パーセント程度が流失し、そのうちのさらに一〇パーセントはにごりの原因になる一〇ミクロン以下のこまかい粒子ですので、しゅんせつ埋め立て工事からは、一日約一万トンのにごりが発生していると推定されます。
 これは、にごりの犯人はその発生量が一日一万トン程度だという予測に一致します。つまり、犯人わりだしにたとえると、身長、体重からみると、しゅんせつ埋め立てが真犯人にぴったりだということです。
 瀬戸内海の最近のにごりの増加の原因の半分は、プランクトンで、半分は、しゅんせつ埋め立てによる浮泥だということになります。
 これは、はじめまったく予期しなかった結論です。私たちばかりでなく、海の専門家も、だれも予測しなかった結論です。ですから私たちも、はじめこれを論文にするのはだいぶちゆうちょしました。しかし、何回も検討しなおして、まちがってはいないことを確信しましたので、発表しました。
 ある程度予想したことですが、この論文は大きな反響をよぴおこしました。まず、新聞が大きくとりあげました。しゅんせつと、埋め立てに問題があるという点が、クローズアップされていました。しばらくして、埋め立てしゅんせつ協会というところから電語がありました。この間題は、自分たちの業界に影響が大きいことなので、ぜひご高説をうけたまわりたい、各杜の技師長、副杜長クラスが集まってお話を聞くというのです。
 これは、いったいどういうことかと思いました。予想もしなかった方面から、自分たちのやっている仕事に批判があがったので、驚いただけかもしれませんし、専門家がしろうとに注意されたかっこうなので、「しろうとがなにをいう」、と思っているのかもしれません。とにかく話にいくことにしました。
 いってみると、副杜長クラスは、ほとんどが運輸省出身の人たちでした。「私はまえの第三港湾建設局長」、「私はそのまえの局長です」、というような人ばかりです。
 私は、ていねいに説明したつもりですか、みんな納得できないという顔をしています。
 副社長 「わたしらも、浮泥には注意していて、それがひろがるのをふせぐために、しゅんせつ船のまわりは、かならずシートで囲むよう指導しとるんだが」
 西村 「海面ちかくだけシートで囲んでも、こまかい粒子は自由に出ていきます」
 副社長 「あんたが問題にしているこまかい粒子とは、どのくらいの大きさかな。わたしらがこまかい粒子というと、二〇〇メッシュ以下のことだが」
 西村 「二〇〇メヅシュは、七四ミクロンですが、海のにごりとして私が問題にしたのは、五ミクロン以下の粒子です。五ミクロン以下の粒子は、いったん浮遊すると、なかなか沈降しないのです」
 副社長 「そんなこまかい粒子のことは考えたことがないわ」

 こういうことを契機に、しゅんせつ埋め立てにたいする批判が高まりました。多くの人びとが考えていたことなのでしょう。そしてとうとう公有水面埋め立て法というものを改正することになりました。
 衆議院の建設委員会で公聴会が開かれ、私は公述人としてよびだされました。ほかに海の専門家としては、ひうち灘のベントスをしらべた菊地博士がよばれていました。
 菊地博士が最初に証言しました。博士は、魚の再生産の場として藻場がたいせつなこと、瀬戸内海の埋め立ての結果、いかに貴重な藻場が大量に失われたかをのべ、漁業を維持していくつもりであるなら、沿岸の埋め立てにかんしては、かなりきびしい歯止めが必要だろう、とのべました。
 私は、従来やられているしゅんせつによる埋め立てという方法では、しゅんせつ地点と埋め立て地点の双方でにごりが発生し、これが海の汚濁の大きな原因になっている、やむをえず埋め立てをするにしても、しゅんせつによって埋め立てるという方法はとるべきでない、とのべました。
 結局この法律は改正され、瀬戸内海での埋め立ては、ごく特別な場合をのぞいて、原則的に禁止されました。また、しゅんせつについてはさらにきびしい制約がもうけられ、とくに、スクリューを使うしゅんせつ船の使用は、全面的に禁止されました。

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