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冒険する頭 新しい科学の世界
七大都市排ガス規制調査団のひとりとして

 七大都市排ガス規制調査団のひとりとして

 自動車メーカーへの質間        
 こうして海の汚染の専門家として歩きだすかに見えた私ですが、また専門家の道をはずれて、やぶの中を歩くようなことがおこりました。
 一九七四年八月のこと、大阪湾の赤潮の調査から帰ってひと休みしていた私のところへ、電誘がかかってきました。
「東京都の美濃部都知事からおねがいしたいことがありますので、いまからおじゃまします」
 というのです。田中さんという方があらわれて、説明されたのはつぎのようなことでした。
 自動車の排気ガスの中の窒素酸化物の量は、現在、一キロメートル走行あたり一・ニグラムだが、昭和五十一年度には、それを〇・二五グラムまでへらす予定になっていた。ところが最近になって、自動車メーカーはそれは技術的に困難だといって、予定されていたこの五十一年度規制を、無期延期にしようとしている。そうなると、自治体は公害防止計画全体がくるってしまうので、たいへん困る。
 そこで、東京、大阪、京都など、七大都市でこの問題の調査団をつくり、ほんとうに技術的可能性がないのかどうか調査したいので、私にも専門家のひとりとしてぜひ参加してほしいというのです。
「私は自動車の専門家ではありませんから」
 とお断わりすると、田中さんは
「私どもはこの問題を、手あかのついた専門家におねがいしようとは思っておりません。自動車の専門家は、なんらかの形でメーカーとつながりがありますから、メーカーの意向に反するような調査ができるとは思いません。そのような圧力をうけない人におねがいしたいと思っています」
 というのです。
 美濃部都知事は、はじめ外国の専門家にたのめばよいという意見だったそうですが、そうもいかなくて、結局、私のところにおはちがまわってきたらしいのです。田中さんの誘は、はやくいえば、ほかに適当な人がいないので、ぜひひきうけてほしいということです。こういわれると、私は断われなくなる性質で、この時もとうとうひきうけてしまいました。

 八月末に調査団の初顔合わせをおこないました。委員は柴因団長以下全部で七人。
「七人のサムライですね」
 とじょうだんがでました。なるほど、村を守るようにかき集められた七人ですけれど、海千山千の白動車メーカーを相手に、どれだけのことができるか、だれも成算はありませんでした。
「五十一年度規制は、技術的にみてほんとうに可能なのか不可能なのか、そのあたりの、純粋に技術的な検討を今回の調査の一つの重要な柱にしたいと思います」
 柴田団長がいいました。
「ほんとうにこの問題は、事実にもとづいてきちんとしらべたらよいと思う。事実のたりないところを補っていげるのは、科学的な論理だと思う」
 近藤さんがいいました。近藤さんは、私の昔からの友人です。科学者ではありませんが、科学的なものの考え方がよくわかっている人でした。
「事実を集めるのには、やはりメーカーをよんで聞くということになるのでしょうね」
「メーカーをよんで聞いても、環境庁でいった以上のことは、なにもでてこないと思いますね」
 これにはみんな同感でした。環境庁での聞きとりでは、メーカーは一敦して五十一年度規制は不可能であると主張していました。
「たしかにそうかもしれません。しかし、環境庁の聞きとりは、いわぱ密室の中でおこなわれていて、国民はスクリーンをとおった情報しか知らされていないわけです。これにたいし、われわれの聞きとりは公開ですから、内容を直接国民に如らせるという点で、意味があるんではないでしょうか」
 この柴田団長の発言で、相談の結果、きわめて積極的な姿勢で、メーカー九杜から、技術開発の現状について聞きとりをおこなうことになりました。
 積極的な姿勢という意味は、政府関係の委員会の、この種の聴聞会のようすを見ると、読めばわかるようなことをだらだら陳述させ、最後におざなりな質問をして、「ハイ、ご苦労さまでした」、というのが多いけれど、これではだめだと思ったからです。
 私たちは、質間にたいする答えをあらかじめ文書で提出してもらい、これを十分に検討しておいたうえ、当目の聞きとりは一杜二時間ずつを予定しました。しかも、冒頭陳述は五分程度におさえ、二時間をフルに質問と議論に使うことにしました。
 協力的でない相手をつかまえて、二時間も質間をつづけるのはたいへんだと思ったのですが、そうしました。そして、聴聞の日どりも、二週間後と決めました。
 私はこの二週間ほど、がむしやらに勉強したことはありません。メーカーが技術的に不可能といっているのをつきくずすには、二つの方法しかありません。
 一つは、基礎的な実験事実をもとにして、窒素酸化物の排出量が?・二五グラム以下のエンジンがつくれることを、理論的に証明することです。
 もう一つは、メーカーの試作エンジンがそれだけの性能を示さないとするなら、なぜだめか、どこに努カがたりないかを、具体的に示すことです。二週間でこれをやろうとするのですから、まさに死にものぐるいの努力を必要としました。
 二週間に集めた本や論文は約三〇〇点、積み重ねると四〇センチほどになりました。これらの文献に、つぎつぎに目をとおしていったのです。しかし、規制値?・二五グラムが達成可能であることを直接に示した文献は、一つもありませんでした。
 そして奇妙なことに気づきました。それは、これらの論文ではほとんど例外なく、肝心かなめのデータがぬけていて、これらの論文を組み合わせていっても、理論的に窒素酸化物の排出量を推定することができない、ということでした。
 故意にデータがおさえられている感じでした。企業が学術論文を発表する場合、商業的に価値のあるデータを、故意にかくすことはままおこなわれます。しかし、それだけではないように思われました。五十一年度規制に関連して、決め手となるようなデータは、注意ぶかく排除されている可能性を感じました。
 結局、学術論文のなかからは、技術的可能性を示すような決め手はえられませんでした。しかし、それは決め手がえられないというだけのことで、五十一年度規制を達成できることは、ほぼ確実だということがわかってきました。したがって、メーカーの聞きとりで、どこをおさえればよいかもわかりました。
 こうして、九月なかぱの聴聞会にのぞみました。第一日目の聞きとりは、東洋工業、ホンダ、トヨタ、日産の四杜でした。
 聴聞会は朝九時からはじまり、最後の目産白動車がはじまる時には、すでに八時間がすぎていました。テレビカメラがはいり、ぎっしりつめかけた新聞記者が、じっと見守る中での論戦ですから、さすがに緊張の連続です。気がつくと下着はあせでぴっしょりです。
 あらかじめ提出されている日産の回答書に目をとおしましたが、不思議に思ったのは、技術開発の現状にっいて、いっさいデータが示されていないことです。いちばん基本的な排気ガスの濃度も示されていません。現在使われているエンジンにっいてのデータさえないのです。
 これは秘密であろうはずはありません。だれでも測ろうと思えば測れるからです。そこで排ガス対策研究室長にこの点について質問しました。
 西村 「現在テストしておられるエンジンでは、排気ガス中の窒素酸化物濃度は、だいたいどれくらいですか」
 室長 「運転条件によってちがいますから、一概には答えられません」
 西村 「回転数三〇〇〇rpmの代表的運転条件ではどうですか」
 室長 「忘れました」
 酉村 「排ガス対策室長が、排ガス濃度を忘れることは考えられませんが」
 室長 「忘れました」
 つぎに日産のCVCCエンジンについて質問しました。これはホンダが発明したエンジンで、ホンダが五十一年度規制をクリアできると自慢しているエンジンと、原理も構造も同じでした。日産は排ガス性能を示していないので質問しました。この点については、実力ある技術者として定評のある専務が答えました。
 西村 「実験室ではどこまでいっていますか」
 専務 「実験室の資料は、今申しあげられません」
 西村 「ホンダは?・ニグラムということをちゃんとだしています。トヨタは、ひじょうに恥ずかしいけれど、〇・八グラム程度しかでなかったというふうにいっています。日産の場合はなぜ、実験室のデータがだせないのですか」
 専務 「開発途上のデータにつきましては、それぞれ特別な目的のためのものですから、このようなデータを公表することは誤解をまねくと思いますので、おゆるしねがいたい」
 西村 「ホンダはだしていますよ」
 専務 「私たちは世の中を誤らせるようなことはしたくない」
 結局、日産はいっさいデータをだしませんでした。これにたいし、トヨタはデータはだしましたが、どうしようもないデータばかりでした。やはり、ホンダのCVCCエンジンをまねてっくったエンジンで試験をしていましたか、実験室の段階で〇・八グラムの成績しかえられないというのです。
 これは技術を知っているものには信じられない話でした。技術開発でむずかしいのは、正しい方針を見いだすことと、これに確信をもつことです。ある方針が決まってゴールが見えていれば、技術者の能力にそうちがいがあるわけはありません。
 ですから、技術開発でいちばん重要な情報は、ある方式で成功したというニュースだといわれます。それさえわかれば、かなり技術カに差のあるところでも、短期間に開発に成功してしまうことは常識になっています。
 ホンダが〇・ニグラムの成績をだしたというのに、同じことをやって〇・八グラムの成績しかでないとは、研究の指導に間題かあるのではないかと思いました。
 そこで、研究所長に、研究指導に誤りかあると思いませんか、そのことで責任を感じませんかと質間しましたが、顔色一つ変えずに、「いやそうは思いません」と、答えただけでした。
 聴聞においてのトヨタの態度は、ある意味で完壁なものでした。技術的な質問にたいしては、技術者らしい反応はまったくありませんでした。なにを聞いてもよく知らないようでした。
 二時間かけても、聞きだすことのできたことはほとんどなにもなかったのです。また、トヅプ企業としての杜会的責任をはげしく追及されても、けっして顔色を変えることはありませんでした。まさに「カエルのつらに水」という感じでした。

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