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冒険する頭 新しい科学の世界
システム工学から環境問題へ

 システム工学から環境間題へ

 生態学を充実させ、使える学問にしよう

 紛争のあおりで、学生と私の関係は少しぎくしゃくしていましたが、新しい研究の方向について討論をはじめたのは、基本的には、こういう雰囲気の中ででした。
 システムエ学の新しい分野を見いだすために、まずいくつかの方面に偵察隊がだされました。一つは、システムのわくをひろげていく方向、一つはシステムの基礎を掘りさげていく方向でした。
 物質の性質を、分子や電子の動きから説明しようとする学問を物性論といいますが、熊谷君たちにたのんだ仕事は、材料やシステムを、直接物性論にもとづいて計画するような学問はできないかということでした。これは、物性論を組み入れたシステムエ学をつくることで、システムエ学の基礎を掘りさげていくことでした。
 いっぽう、平泉君たちにたのんだ仕事は、システムのわくをひろげ、地球規模で、エネルギー-や資源や環境変化を考えてみることでした。
 この偵察の仕事は約半年ほどかかりました。熊谷君たちのグループはもうれっないきおいで、物性論の勉強をしました。平泉君たちのグループは、資源論と生態学の勉強をしました。
 半年後に、それぞれの勉強の成果、偵察の結果をもちよって、作戦会議を開きました。
 物性論をシステム計画の基礎に組み入れる問題について、熊谷君は悲観的な見通しをのべました。現在の物性論は、とてもそこまで発達していないし、かりにそれを発達させるとなると、私たちの研究室が全力で取り組んだところで、そう急な進展はのぞめない、それならもっと別の方面にカを投入したほうがよいというのです。
 平泉君たちの報告は、私たちを興奮させるものでした。今までの技術は、あたかも地球が無限に大きいかのように考えて、資源を浪費し、環境を汚染してもいっさい気にしない技術だった。ところが気がついてみたら、地球は、小さな小さな生きている星だった。これからの技術は、この宇宙船地球号を大事に管理していくものでなければならないというのです。
 たとえば、私たちは木材パルプからつくった紙をおしげもなく使っているが、このため、広大な森林が地球上から急速に消えていっている。
 その結果、空気中の炭酸ガス濃度があがっており、そのまた結果として気温もあがっていくというのです。とくに熱帯では、ジャングルをきりはらって地面がむきだしになると、強い雨と太陽のために、泥がレンガのようになって、二度と植物を育てることができず、砂漠になっていくそうです。
 これをさけるためには、木材を使わずに石油から紙をつくることもできますが、これは、ポリエチレンのフイルムと同じく、微生物で分解されないので、もし大量に使われて捨てられたら、海の底をプラスチックの膜がおおって、生物が生きられなくなるというのです。また、今、人間は海を石油でよごしていますが、これは海の呼吸をじゃましているという
 海は、炭酸ガスの濃度が高くなるとすいこみ、低いとはきだす作用をしているのですが、もし、石油のうすい膜が海の表面をおおったら、この作用が止まってしまうかもしれないというのです。
 こういう話をもとに、私たちは何日も議論しました。その結果はっきりしてきたことは、地球は複雑な生きているシステムだということです。生物のシステムをあつかう学問を生態学といいますが、これからの技術の計画は、すべて、生態学を考慮に入れたものでなければならない、というのが私たちの結論でした。
 これは私たちの新しい学間の方向を示すような、大事な観点でした。
 それまで私たちは、環境にあたえる影響にはほとんど注目することなく、技術を計画してきたのです。農薬は殺虫効果が大きければよく、ガソリンの添加物はオクタン価(ノッキングをおこさない性質。 ふつうのガソリンでオクタン価は九〇。昔は四エチル鉛を入れてオクタン価をあげていた)さえあげられればよく、あとはいかにそれを安くつくるかに努カを集中してきたのでした。
 それが、環境や人間の健康にどんな影響をあたえるかは、考えてもみなかった場合が多かったのです。これからは、はじめから環境への影響を考慮して技術を計画するようにしなければというのが、みなの一致した意見でした。
 そのためには、物理、化学にくわえて、生態学も組み入れたシステムの計画論が必要だ
ろうということになりました。
 ところか実際にやってみてわかったのは、生態学というのは、勉強すれば応用できるという学問ではないことです。たしかに生態学の教科書には、おもしろい概念とか定性的な説明はありますが、すぐ役に立つような定量的なデータはありません。それは考え方とか見方を提供する段階で、実質的な中身はまだまだでした。
 そこで、技術が環境におよぼす影響を定量的に予測できるまでに、生態学の中身を充実させることが私たちの夢となりました。
 しかし生態学は、微生物から魚までの生物のあいだの関係、生物と化学環境・物理環境とのあいだの関係を議論するものですから、すべての分野の専門家が協カして、一つの調査をしなければ研究が前進しないのです。
 しかしそんなことは容易に実現しませんから、生態学はいつまでもお話の段階にとどまっているということがわかってきました。自分たちで生態学を充実させようとしたら、自分たちで、水質の化学分析からプランクトンの調査、魚の調査までできなければならないということです。これは大きな壁でした。
みんながだまりこくってしまった時、田中君が
「その程度のことはけっこうみんなやっているようですよ」
といいました。
 田中君は、研究は物性論をやっていましたが、社会的責任の気持が強い人で、仲間と一緒に多摩川の汚染の調査をはじめ、ほとんどの時間をそれにさいていました。水質分析の方法をつぎつぎマスターし、すでにプロ級でした。仲間にはプランクトンをやっている人もいましたから、そういう発言になったのでしょう。
「私たちがシステムエ学でやったのと同じように、いきなり一般論からはじめるのでなく、
きわめて具体的な問題からはいっていくのがいいんじゃないかな」
 平泉君がいいます。
「水質汚染の問題からはいったらいいんじゃないですか」
 と田中君。
「たとえば、諏訪湖の汚染はそうとうひどいそうだけれど、あれぐらいのシステムだったら、私たちの手でしらべられそうだし、これを徹底的にしらべたら、生態学に新しい知見をつけくわえることができるのではないかな」
と私。

「アメリカ科学アカデミーの報告によっても、大気汚染にくらべて、水質汚染のほうが影響がより深刻という評価です。つまり、大気は汚染物質の排出をやめれば翌日からきれいになるけれど、水の場合は、いったん底泥が汚染されると、回復にどれくらいの時間がかかるか見当がつかないということです」
 と平泉君。平泉君は、よく本や新聞を読んでいて、新しい情報にくわしいのです。
 長い討論の結果を私がまとめました。
「新しい研究の目的は、環境への影響を十分に考慮した技術の計画の方法論をつくること。
そのため、当面必要なことは、生態学を充実させ、使える学間にするということですね。
そのやり方として、水質汚染の具体的な例をとりあげて、徹底的にしらべていくという案
が有力です。
 ただし、たんに汚染水域を調査し、分析データをだして、告発するということではなくて、データをもとに、とことん考えていき、なにか新しい発見をすること、新しい問題点を掘りおこすことを目的にしようということですね」

 さて、こうして新しい研究の方向は決まりましたが、問題は、だれが実際に先発隊としてとびだすかということです。これはだれにとっても大きな決心のいることでした。自分がそれまでやってきた研究をやめて、まったくなにも知らない問題にとびこむのですから。
 たとえていうなら、野球選手だった人が、バイオリン奏者になろうとするぐらいの決心を必要としました。そのままの研究をっづけていけば、確実に学位がとれる人でも、こんな研究にとびこんだら、学位も当分あきらめなければならないでしょう。
 平泉君は、全面的にこの問題につっこんでいく覚悟でした。田中君は、物性論は研究としてつづけながら、新しい研究にできるかぎり協力することになりました。それまで、物性論とシステムの研究しかやってなかった熊谷君は、あっさりと物性論にみきりをつけて、新しい研究に全面的にはいってきました。この人は無口で慎重な人ですが、これしかないとみきわめがつくと、とても大胆になって、清水の舞台からでもとびおりてしまう人です。
 こうして、私をくわえた四人が先発隊となって、冒険に出発することになったのです。

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