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冒険する頭 新しい科学の世界
四日市の海

 四日市の海
 公害の原因を工場内部から明らかにする   
 私と平泉君とが、まず一緒に取り上げた間題は、物を生産する時に、環境をどのくらいよごすかという問題でした。正確には、有用なものを生産するためには、無用なものをどれくらい環境に捨てねばならないかという間題でした。
 わかりやすい例で話すと、たとえば、火カ発電所がよい例です。石炭をもやして水を蒸気にかえ、これでタービンをまわして発電しますが、この時、電気のほかにいろいろいらないものがでてくるのです。
 たとえば、石炭をもやすと、亜硫酸ガスと、酸化窒素ガスが大量にでてきます。これは、ぜんそくの原因になるガスなので、そのまま人のいるちかくにだしたらたいへんです。だから発電所では、高い高い煙突をたて、風にのせてちらばせるようにしているのです。
 発電所ではもう一つ、大量の廃棄物がでます。熱です。石炭をもやしてえられる熱を、全部電気にかえることはできません。そのうち電気になるのは、最高でも四〇パーセントで、残りは、廃棄物・熱の廃棄物です。これが発電所からでてくる温廃水といわれるものです。温廃水をださないでくれといわれると、発電を止めるよりしかたないのです。
 化学工場でも同じことです。廃棄物をださずに製品だけをつくるということは、まずないのです。それならば、ある製品を一トンつくった時に、廃棄物をどれくらいだして、これを工場のまわりに捨てているのかということがわかっているかというと、これがまた全然わかっていないのです。
 それまでのエンジニアは、私をふくめ、製品の流れだけはよく頭に入れていましたが、この時、一緒にでてくる廃棄物の性質や量については、まったく注意していませんでした。
 したがって、これらのものを廃水と一緒に流していました。その結果、魚が死んでも、自分のやったことがその原因かもしれないとは、考えてもみないのがふつうでした。
 そこで私たちは、化学工場が製品をつくる時に、どんな廃棄物がどれくらいでるものなのか、あらためてしらべてみようと思いました。そこで手はじめに、公害で有名な四日市の会社についてしらべてみたのです。
 まず最初にしらべたのは、四日市にいちばん古くからある会杜で、衣料などに使う、酸化チタンというまっ白い粉をつくっている会杜です。しらべるといっても、会杜にいくのではなく、本で、会杜がなにをどうやってつくっているかをしらべることでした。
 しらべてみるとつぎのようなことがわかりました。チタンと鉄をふくんでいるイルミナイト鉱から、チタンだけを分離する必要がありますが、これには大量の硫酸が必要でした。酸化チタン一トンつくるのに、ふつうは四トンの硫酸が必要だと書いてありました。
 この会杜は、一日二〇〇トンの酸化チタンつくっていますから、八??トンの硫酸を 使っているはずです。ただし、硫酸は鉱石をとかすために使われるので、製品の中にははいっていきません。
 すると、この硫酸のゆくえはどうなるのでしょう。廃棄物として、捨てているのでしょうか。あるいは、一度使った硫酸を回収して、精製して何回も使っているのでしょうか。いろんな本や論文をしらべてみましたが、この点についてはつきり書いたものは一つもありませんでした。平泉君とふたりで途方にくれてしまったのですが、この時ふと有価証券報告書を見てみようと思いついたのです。
 有価証券報告書というのは、会杜の経営のようすを報告したもので、株式取り引きをする人が参考にする書類です。原料をいくら買って、製品をいくら売ったかを書いてあるものです。

 さっそく大蔵省にいって、この会杜の報告書を見てみると、硫酸を年間二八万四〇〇〇トン使ったと書いてありました。これは一日に八〇〇トンで、はじめに予想した量と同じでした。
 すると、鉱石をとかしたあとの大量の硫酸はどうなっているのでしょう。ふつうは、これをアンモニアと反応させて、硫安という肥料をつくることになっています。報告書を見ると、たしかに硫安が製品の中にはいつています。しかし、それに使われた硫酸の量は、一日二五〇トンにすぎません。ほかには、炭酸カルシウムで中和した分が二一〇トン、濃縮して再利用した分が一一〇トンだということがわかりました。
 すると、八〇〇トンからこれらを引いた残りの三二〇トンの硫酸のゆくえが不明です。まさかこれを工場の中にためることはできませんから、廃水の中に流していたはずです。
 つまりこの会杜は、一日三〇〇トンもの硫酸を、廃水と一緒に四日市港に流していたことになります。
 私たちは、このことを論文にして発表しました。この論文は、かなり大きな反響をよびました。それは、公害の原因を、化学工場の生産工程の内部から明らかにしたということと、それを証明するいちばん大事な資料として有価証券報告書を使ったということです。
 有価証券報告書がこんなことに役立つとは、これをつくった会杜側をふくめ、だれも一度も考えたことがないことでした。
 この論文にとびついた人がいました。四日市で、海の警察官として、この会杜の硫酸たれ流し問題を摘発した海上保安庁の田尻さんでした。
 田尻さんは私に、裁判の席で、会杜が四日市港にどのくらいの硫酸を捨てたかを証言してほしいと考えたのでした。
 もちろん田尻さんは会杜にふみこみ調査をして、それを証明できそうな書類を何通も押収していますが、会杜が毎日、毎日、一日二〇〇トンの硫酸を四日市港に流していたということを、直接に証明できるような書類はありませんでした。
 もしか第三者である私が、会杜のだした有価証券報告書をもとに、硫酸たれ流しの事実を証言してくれたら、たいへん強力な証拠になるだろうというのが田尻さんの考えでした。
 だいぶあとになってからですが、田尻さんは私に、裁判の証人になってほしいとたのみにきました。その時、もう一つややこしい間題を残してゆきました。それは、これだけの硫酸を捨てた結果、港の中のpHがどこまでさがっていたか推論してほしいということでした。
 海上保安庁でも、当然、直接現場での測定結果をもっています。それによると、排水口の近くかなり広い範囲にわたって、pHが三以下であったそうです。pH以下というのは、かなり強い酸性です。
 海が酸性になるとなぜいけないかというと、酸性では金属がとけてしまいますから、港を航行する船に大きな危険があるというのです。船体そのものはペイントをぬってありますから、とけることはありませんが、船のエンジンをひやすため、たえず海水をくみあげる冷却管というのがあって、これはふつう砲金でできていますが、砲金はpH三以下になるととけだすといわれています。
 実際に田尻さんは、とけて穴があいて、水がもるようになった冷却管の写真を見せてくれました。実物は検察庁の倉庫にあるとのことでした。
 じつは、この裁判は、硫酸を捨てたかどうかであらそわれているのでなく、硫酸を捨てた結果、船舶に被害をあたえたかどうかで、あらそわれているのでした。
 海に硫酸を流せば、海草は枯れ、魚はいなくなつてしまい、海は死んでしまいます。したがって、これはれっきとした公害事件で、硫酸を捨てたこと自体が罪にあたるはずですが、当時は、硫酸を海に流してはいけないという法律はなかったのです。そこで会杜は硫酸を流し、通産省もそれでよいとしたといわれます。
 しかし田尻さんたちは、こんなひどいことを、なんとかとりしまることはできないかと知恵をしぼった結果、一つの法律を見つけました。港にごみを捨てて、船舶の安全な航行を阻害してはいけないという法律です、
 この法律に違反したということで、この会杜は起訴されたのです。ですから、裁判で証明しなければならないことが三つありました。
 第一は、大量の硫酸を捨てていたこと、第二が、その結果、海水がpH三以下になっていたこと、第三がpH三以下になると、砲金が腐食することです。会杜はいずれの点も否定していました。とくに、第二の点は、否定していました、
 海はアルカリ性だから、たとえ硫酸をながしてもすぐ中和されて、pH三以下にはなるはずがないというのです。海上保安庁は、pH二以下という測定結果をもっているようでしたが、これは裁判では証拠にならないのです。
 海上保安庁は会杜をつかまえたほうですから、つかまえた人がはかったデータは、証拠としての力か弱いのです。海水をサンプルとして集めたあとで、わざと酸を入れたのではないかといわれればそれまでです。裁判官と一緒にもう一度港にいってはかりなおせばよいのですけれど、会杜はそれ以後、硫酸を工場の中で中和するようにしたので、すでに昔の状況とはちがうのです。
 学問的に昔の状況を再現できないだろうか、というのがこの時の田尻さんの依頼でした。

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