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瀬戸内海汚染の研究

 瀬戸内海汚染の研究
 
 なぞときのスリル

 最初の実地調査は、広島湾の大竹、岩国の沿岸海域にしました。
 ここは、宮島の対岸、小瀬川の河口で、以前は美しい湾でしたが、化学工場とパルプ工場がつぎつぎに規模を拡大していった結果、急速に汚染が進んだことを知っていたからです。
 実地調査が重要だと力説した私たちですが、じつは、まだ一度も戸外の実地調査をしたことがありませんでした。もちろん、海の調査などというのははじめてです。
 一度だけ、瀬戸内海を研究している南西海区水産研究所の村上博士におねがいして、調査船に乗せていただき、水サンプルのとり方、水中の酸素濃度のはかり方、ネットによるプランクトンの集め方、底生生物のとり方、など見学したことがあるだけでした。
 そのため、実地調査の計画づくりは、私たちにとってはたいへんな難関でした。まず調査の目的と調査項目を決め、それに必要な器具薬品一品のとりこぼしもなくそろえ、それを正確に現地に送りとどけなければ、調査がはじまらないからです。
 私たちは、調査目的と、調査項目の設定にいちばん時間をかけました。一か月ほど毎日毎日、議論しました。
 研究をする時は、実際の仕事にとりかかるまえに、研究の全体像をよくえがいて、どれだけの仕事をどういうふうにやるか、徹底的につめておくことが必要なのです。これは実際に仕事をはじめてしまうと、こまかいことはよく見えてきますが、全体像が急に見えな
くなり、目的もわからなくなるからです。
 ちょうど、森にはいるまえに森をよく見ておかないと、森の中で森は見えず、迷ってしまうのと同じです。全体像をつかむために、私たちは、この岩国の海の汚染のモデル、生態系のモデルをつくってみようとしました。
 正確なモデルをつくるには、まったくデータがたりないことはさきにのべたとおりですが、どんなデータがたりないかを具体的に明らかにするためには、モデルをつくってみるのがよいのです。
 この海がどのように汚染されてきたか、このままほっておくとどうなるかを、ことばではなく、数字でシミュレーションするためのモデルをつくってみるのがよいのです。
 汚染の程度を数字であらわすには、どうしたらよいのでしょう。汚染はふつうPPMであらわしますが、これは一〇〇万分の一ということで、水の中、泥の中の含有量をあらわす単位です。では、なんの含有量を使えばよいのでしょう。同じように、生態系の変化は、どんな数字であらわしたらよいのでしょう。そのまえに、だいたい、この海ではどんな生態系の変化があったのでしょう。そう思ってしらべていくと、続々と重要な情報がはいってきました。
 一九五五年ごろまでは、この一帯は、刺し身にするトリガイというおいしい貝の漁場でしたが、一九五一年に一度これが全滅する事件がおこっています。この件で漁民とパルプ会杜のあいだで、あらそいがありました。
 漁民はパルプかすが原因だから弁償せよといい、会杜は、原因は別で、パルプかすは関係ないと主張したのです。水産研究所の新田博士が、どちらのいいぶんが正しいか、科学的に検討するための研究をおこないました。
 これはたいへんにむずかしい研究でした。まず、汚染した泥をとらえて、それがいったいなにで汚染されたのか、パルプかすによってか、家庭の下水によってか、あるいは、化学工場の排水によってかを見分ける方法を確立する必要がありました。

 新田博士は図のように、泥のしゃく熱減量と、CODの濃度の二つを使って、泥を分類する方法を考えだしました。この方法を使った新田博士の判定では、トリガイをころしたのはパルプかすではなく、川の泥ということで、漁民の負けでした。
 しかし、それ以後、パルプ工場が大きく立派になり、そのちかくに化学工場もたちならぶようになると、トリガイはまったくとれなくなり、また、おどろくほどいたアサリもとれなくなりました。漁民は、博士がなんといおうと、トリガイを殺したのはパルプかすだと思っているのでした。
 私たちは、この岩国の海と漁業にかんする報告書を徹底的に読みあさりました。漁業にかんする報告は、ほとんどが一九五〇年前後に書かれたものでした。このころがいちばん、漁業がさかんだったのでしょう。そういう時、突然、貝が死んだり、赤潮がでたりすると、そのつどくわしい調査報告かでているのでした。
 しかし、そういうことがたびかさなっておこるころになると、この地区の漁業にかんする研究もなくなり、赤潮の発生回数一年に何回、という簡単な報告にかわっていくのでした。
 赤茶けてしまった、二〇年もまえの報告書には、不思議におもしろい研究がたくさんありました。
 たとえば、「漁業にたいする工場排水の影響の研究」という、新田博士の研究があります。これは、工場排水の漁業にたいする影響を、さまざまな角度から研究したものです。この研究がおもしろいのは、まったくはじめての研究だからです。
 どの分野でもそうですが、はじめての研究がおもしろいのは、未知の問題に敢り組んで、なぞをといてゆくスリルがあるからです。なぞときといっても、はじめは、そんなむずかしいことを考えるのではなく、だれでも考えそうなことからはじめて、それでだめだと、だんだん、複雑なことを考えてゆきます。
 研究に使う道具や方法は、なるほどと思わせるものが多いけれど、むずかしいものではないのです。それでいて、大事な結果は、ほとんどすべてだしてしまっていることが多いのです。つまり、最初の研究というのは、おもしろくて、やさしくて、それでいていちば大事なのです。

 新田博土の研究のうち、パルプかすがなぜ、どのようにして貝を殺すのかという研究も、そのような研究でした。新田博士は例のトリガイの時は、原因はパルプかすではないといいましたが一般にはパルプかすが原因で、貝が死ぬと考えていました。貝ばかりでなく、ゴカイなどの底生生物全体が絶滅してしまうか、または極端に数が少なくなると見ていました。
 なぜパルプかすが貝を殺すか。パルプかすには貝を殺すような毒はふくまれていません。実際にパルプかすの中に貝を入れただけでは、何日たっても貝は死なないのです。しかし、海の底にパルプかすがたまると、貝を殺すことはたしからしいのです。
 そこで、新田博士と同僚の荒川博士は、つぎのような実験をしました。まず一四個のツボを用意し、この全部に、宮島の海岸からとったきれいな砂を入れました。
 つぎに、そのうちの七個にはパルプを入れてよくかきまぜ、それから全部のツボに生きたアサリを一五個ずつ入れ、きれいな海水を入れてやりました。
 アサリが何日間生きているか、パルプを入れたツボと、入れないツボでどうちがうかをしらべてみようということです。七個ずつ用意したのは、最初の日、二週問目、四週間目、、、というように、日をさだめてツボをあけ、中のアサリをとりだして、何パーセント生き残っているかしらべるためでした。
 なぜ、パルプを入れたツボ、入れないツボの二個にしなかったかというと、アサリの生存率をしらべるために、しょっちゅう掘りだしていると、生存状態が変わってしまって、実験に十分な信用がおけなくなってしまうからでした。

 結果は上図のようでした。バルプを入れなかったツボでは、二か月間、ツボの中のアサリはすべて生きていて、生存率は、ずっと一〇〇パーセントでした。ところが、パルプかすを入れたほうのツボでは、生存率は一七日目には五〇パーセントになり、一か月後には、すべて死んでいました。
 アサリを殺した毒は、なんなのでしょう。パルプを入れたほうのツボでは、泥がまっ黒くなり、くさったタマゴのにおい、つまり硫化水素のにおいがしました。
 荒川博士らは、泥の中の硫化物の量をしらべてみました。すると、パルプを入れないツボでは、二か月間で硫化物の量はほとんど変わらないのに、パルプを入れたツボでは、硫化物が直線的に増加することがわかりました。
 硫化物は、大部分が鉄と硫黄の化合物、硫化鉄ですが、この鉄は、泥の中、あるいは砂の中にもともとふくまれていたものです。
 ところが、不思議なのは硫黄です。砂の中にも、パルプの中にも、硫黄はふくまれていないからです。どこからきたのか。
 しらべてみると、海水の中にかなり大量にふくまれている硫酸根(SO4)の酸素がとられて、硫黄(S)になることがわかりました。
 ではなぜ、硫酸根の酸素がとられてしまうかというと、酸素のない泥の中では、有機物を分解してエネルギーをえるのに、酸素のかわりに硫酸根の酸素を使うバクテリァもいるのです。これを硫酸還元菌といいます。
 つまり、海底の泥の中に有機物がたまると、ふつうの微生物がこれを分解しようとして、水にとけている酸素をどんどん使ってしまいます。その結果、水中の酸素がなくなると、硫酸還元菌という微生物が活動をはじめ、海水中の (SO4) からどんどん酸素をうばってしまいます。
 そうすると (SO4) --は、硫化水素にかわります。硫酸還元菌が活躍すると、どんどん硫化水素が発生するのです。硫化水素は猛毒ガスですから、こんなガスが発生すれば、まわりの生物はみんな死んでしまいます。
 つまり、まったく無害な有機物が海の底にしずむと、とたんに、猛毒にかわるのです。一見、静かな海の底で、人が想像もしないような複雑なことがおこっているのです。これが生態系の複雑さというものでしょう。

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