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瀬戸内海汚染の研究

 瀬戸内海汚染の研究

 困ったと思うことの連続だった実地調査

 現地に着いたらさっそく漁船を借りて、調査海域の予備調査をしました。低気圧がちかづいていて、空模様もあやしい日でした。工場の排水口を一つ一つ調べてまわりましたが、一時間ぐらいでみんな気持悪くなってしまいました。
 私は船に弱いほうでないのになあ、と思いながらがまんして海面を見ていると、小さなあぶくが、ポツポツと、浮かんでくるのに気づきました。
「あれはなんだろう。魚かな」
 というと、平泉君がしばらく考えてカら
「硫化水素かもしれない」
 といいました。彼は硫化物と硫化水素の分析を担当していたので、すぐ連想したのでしよう。
「なるほど」、とあいづちをうつと、すぐ得意になる平泉君は
「いま低気圧だから泥の中にたまっている硫化水素がでてくるのです」
 とさも専門家のような顔をして、説明しだすのです。「まさか」、とだれかが反論して
「天気の日にもう一度来てみよう」
 といいました。つまり、彼の説にしたがえば、天気の日、高気圧の日にはガスはでないはずだからそれで決着がつく、というのです。硫化水素といわれて、私は自分が気持が悪くなった原因が一度にわかったような気がしましたが、結論はおあずけとなりました。
 翌日は、雨。実地調査は翌々目になりました。漁船を借りて朝はやく出港しました。あらかじめたてられた計画にしたがって、水と泥をサンプリングするのです。まずパルプ工場の排水口のところで一点、それから沖にむけて一〇〇メートル、二〇〇メートルと一定の間隔で、順にサンプリングしていくのです。
 採水にはバンドーン採水器、採泥にはエックマン採泥器を使いました。いずれも買ったばかりの新品です。みんなが使いたがったのは、エックマン採泥器でした。これは一五センチ平方ぐらいの泥をきれいに切りとって採泥する器械ですが、強いバネじかけの底ブタがついています。使う時は、ワニの口でも開くようにこのフタを開き、フックを掛金にひっかけておきます。

 このまま海底におろし、ちょうどうまく採泥器が泥をっかまえたと思ったら、メッセンジャーというおもりをロープにとおしておろしてやるのです。ロープにそって落ちていったおもりがいきおいよく掛金をたたくと、フックがはずれ、底ブタがしまるのです。
 これでも慣れないと、なかなかむずかしいのです。採泥器が海底でまつすぐたっていないとうまくとれません。しかし、底がかたかったり、流れがはやいと、すぐかたむいてしまうのです。二〇メートルのロープ先につけた採泥器が、どんな向きにたっているか、指先の感じでわかるようになったのは、だいぶあとのことです。
 泥はひきあげると、まずにおいをかぎ、油の有無をたしかめてから、表層をポリエチレンのビンにつめます。つぎに防虫網でつくったたフルイの上にのせ、ベントス(底生生物)を集めます。ゴカイが少しいただけでした。
 一ヵ所では、表層一メートル、五メートル、一〇メートルの水を採取し、水温をはかったあと、いろいろな分析の目的のために、いくつかのポリエチレンのビンに分けてつめます。何番のビンにどんな水を入れたのか、忘れず記帳するのも大事です。この調子で、一日三〇点ぐらいサンプリングする予定なので、船の上はたいへんないそがしさです。
 ひるごろ、だいぶ沖合いにでた時、ゴトンというと急に船が止まつてしまいました。いろいろいじってみたのですが、どうしてもスクリユーがまわません。スクリユーになにかからまっている可能性がいちばん大きいので、ふなべりから身をのりだして見るのですが、どうしてもらちがあきません。
 すると船頭が
「おれがしらべてくる」
 というなり、ざぶんと海にとぴこみましたが、すぐびっくりした顔であがってきました。
「スクリューがない」
 というのです。
 多分、硫化水素で腐食していたスクリューがおれて、海に落ちてしまったのです。あいにく無線を積んでなかったので、だれもたすけにきてくれず、私たちは三時間ほど、海の上を漂流するはめになりました。
 この時はだれも気持が悪くなりませんでした。沖合いということもありますがまえの日に見た排水口ちかくでも、この日はまったくあぶくはでていませんでした。それで、低気圧と硫化水素ガス発生にかんす平泉説は、どうやらほんとうらしいということになりました。
 硫化水素ガスがスクリューを腐食するかどうかは、専門家に聞かないとわかりませんが、船の上の金具が、どれもひどくさびていることから判断すると、そうとうの腐食作用がありそうだということになりました。
 この日は、あとはおくれをとりもどすために、暗くなるまでしゃにむに働きました。慣れてくると要領がよくなって、おもしろいように仕事がはかどりました。
 一つ困ったのは、海の上で自分のいる位置を正確に決めることです。はじめは船頭さんに聞けばわかるだろうと考えていたのですが、船頭さんに聞いてわかるのはだいたいの位置で、私たちの目的には、もう少し正確な位置がほしかったのです。
 そのための道具をなに一つ持ちあわせないので困ったのですが、まわりを見回しているうち、はたと思いついたのは、竹竿の利用です。
 船のまん中にひとりが竹竿をかついでたち、一端を工場の煙突とか、さん橋にむけます。その時竿の延長線上になにが見えるかを、もうひとりが克明に記録したのです。それは目だつ白壁の家のこともあり、特徴のある松の木のこともありました。
 これを少なくとも二回おこないました。翌日忘れないうちに陸上調査をし、きのう見た家や木を海図の上にしるしました。煙突やさん橋は、海図に正確にしるされていますから、こうして二本の直線をひくことができ、その交点として、舟の位置が正確に決まったのです。
 これは、困ったと思った最初の経験なのでおぼえているのですが、それからの実地調査の仕事は、だいたいは困ったと思うことの連続でした。
 いちばん多いのが器械の故障です。ネジを一つ海の中に落としても、まったく使えなくなる器械が多いのです。また、実験室ではうまくいくのに、ゆれる船の上では、使いものにならないことがわかるものもあります。
 こういう時、なんとか工夫して、この装置を使いものになるようにするか、またはまったく別の手段を使って作業するか、とっさに判断し、すぐその仕事にとりかからねばなりません。こういうことが得意な人もいるのです。みんなから工兵隊と呼ばれている川上君がそうでした。彼がにっこり笑って
「まかせておいていただきましょう」
 というと、たいていはだいじょうぶなのです。すばやく器械を分解して考えてますが、
「よし」というと、まったく別の器械をバラバラと分解して、部品を取りはずして、くっつけてしまうのです。

 その川上君でも、ギャフンとまいったことが一度だけあります。この最初の調査から五年後の一九七四年、もう一度岩国の海をおとずれました。今度は、スウェーデンの環境学者、ハッセルロート、ホルムステッド、ヨーネルスの三人の博士を案内してきたのです。
 すでに排水規制の効果があらわれていて、海の水はみちがえるほどに回復していました。しかし、いったん汚染された底質は容易に回復しないことを知っていましたから、泥をサンプリングしてみようと思いました。ヨーネルス博士も同じ意見でした。
 川上君が、みんなが見ているまえで、慣れた手つきでエックマン採泥器をおろしはじめました。ところが一〇メートルほどおろしたところで、あっとさけびました。ロープがゆわいてつないであるのです。よく如らない人が使った時、ローブをきってしまったあとでだまってむすんでつないでおいたのでしょうが、ローブがむすんであると、メッセンジャーがひっかかっておりませんから、採泥器は全然使いものにならないのです。
 人のよいハッセルロート博士の顔には失望の色が、俊敏なホルムステツド博士の顔には軽い軽べつの色が浮かびました。ヨーネルス博士は、私にむかって
「調査にでるまえにすべての器具を点検するのは、実地調査のイロハだ思うが」
 というのです。もう実地調査を四年もやっていて、そんなことは百も承知なのですが、かえすことばもありません。
「あきらめましょう」といって川上君が採泥器をひきあげようとすると、「私に貸しなさい」、といってヨーネルス博士がでてきました。博士はちようネクタイをしたまっ白なワイシャツのうでをていねいにまくりあげると、採泥器をひきあげ、よく点検したあと、ロープのむすぴ目の下に、へんてこなむすび目を一つつくりました。
 それからメッセンジャーをそのむすぴ目の上に入れました。そしてじつに慎重な手つきでそおーっと採泥器を海底までおろしました。海底についたところで、もっていたロープを一度強く上にひきました。そのあとニヤッと笑って
「これを上にひきあげてごらん」
 といってロープを私たちにわたすのです。
 川上君と二人でひきあげてみると、採泥器には、たしかに泥が立派につまっていました。
つまり、上に強くひっぱると、ほどけるようなむすび目をっくっておいたので、メッセンジャーはそこから落ちていって、掛金をたたき、採泥器を正常に働かせたのです。
 ヨーネルス博士は、生態学者です。感心した私が
「やはり専門家はちがいますね」というと
「私は専門家ではない。採泥器をあつかったのははじめてだよ。だけど、ようするにここの間題だよ」
といって、白分の大きな頭をさしてニヤッと笑いました

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