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冒険する頭 新しい科学の世界
専門家にたちむかうドン・キホーテ

 専門家にたちむかうドン・キホーテ

 漁業への影響              
 こうして私たちの瀬戸内海汚染の研究は、船にたとえると、無事に進水し、実際に大きな海にむかって動きだしました。動きだすと私たちは、さっそく、研究の計画をもう一度よく議論しなおしました。今までの経験にもとづいて、研究の目標をもっと具体的に、しかも魅力的なものにする必要を感じたからです。
 結局、瀬戸内海の汚染をシステムとしてとらえてみようということになりました。
 システムはまず全体像ということです。海の汚染には、水銀による汚染もあれぱ、石油による汚染もあり、水の汚染もあれば、底泥の汚染もあります。これらは、専門家によって別々に研究されていますが、よくしらべたら、おたがいにふかく関連があるかもしれません。これを解明するのは私たちの役目だと感じたのです。
 今の話は汚染の種類ということで、これをよこの関係とみると、たてのつながりは、さらに重要です。
 水の汚染を中心にみると、その生態系への影響、とくに魚への影響が重要です。それがさらに漁業を通じて、地域の生活や経済にどんな影響をあたえているかを知らねばなりません。いっぽう、水質汚染の原因となる廃水はどこからどうしてでてくるかを知るためには、産業とその工程についてくわしく知らねばなりません。
 つまり、海の汚染を研究するには、ほんとうは化学工場についてくわしく知っている要があるのです。従来の水質の専門家にそれを期待することはできません。このたてのつながりを全体としてとらえるというのも、私たちの役目と感じました。
 以上は、たてからもよこからも全体としてとらえるということですが、システムとしてとらえるということには、もう一つ重要な意味があります。
 それは、専門家とは逆の方向からとらえるということです。専門家は当然のことですが、自分の専門から出発して、問題にちかづこうとします。これにたいして、システムとしてとらえる場合は、問題から出発し、問題を分析して、専門分野にいたるのです。
 問題解決という立場にたてば、システムとしてとらえる方法が、重要なことは明らかでしょう。たしかに、だれでもはじめは少しはこの方向をこころみてみるのです。しかしたちまち、自分の知らない専門分野の森にはいりこんでしまい、あきらめてひきかえすのです。
 この方法を最後までやりぬくには、どの専門分野にも通暁しているか、あるいはどんな分野にまぎれこんでも、道をきりひらいていくだけの腕力がなければなりません。私たちは、特別に自信があったわけではありませんが、といって、尻ごみする気にもなれなかったので、正面から挑戦することにしたのです。
 私たちの計画を聞いてびっくりしたのは通産省の係官です。こんな無謀な計画は思いとどまらせようと、各分野の専門家を集めて、私たちの研究計画の検討会を開いてくれました。
 多くの専門家は、あるいは冷笑的に、あるいはむきだしの敵意をこめて、私たちの計画の無謀さをつきました。ただしひとりだけ
「やってみなければわかりませんね」
 といってくれる人があり、私たちの計画は認められたのです。
 しかもさいわいなことに、「科学」という雑誌が私たちの研究計画を聞いて、誌面を提供してくれることになりました。汚染のシステム解析という内容に興味をもったのでしょう。
 こうして私たちは、瀬戸内海の汚染と題する論文を、つぎつぎと「科学」に発表していったのです。
 最初の論文は、漁業への霧響という問題から出発して、瀬戸内海の汚染が、なぜ瀬戸内海の漁業をだめにしていったか分析したものでした。
 瀬戸内海は昔にくらべてすっかり海のようすが変わってしまった、といいますがなにがどういうふうに変わったのかを、それによっていちばん影響をうけたはずの魚の変化からしらべようとしたのです。
 それには、海の中の魚についての人口調査、つまり、魚の種類と数を正確に調査した昔からのデータがあればいちばんよいのですが、そういうものはないので、漁獲量のデータを使うことにしました。
 漁獲量のデータをしらべてみると、「瀬戸内海に魚がいなくなった」、「瀬戸内海は死んだ」などといわれているのに、一〇年まえにくらべて、漁獲量は五〇パーセント以上もふえているのです。
 これはおかしいと思って内容をしらべてみると、魚の種類によって、ふえているものも、へっているものもあります。イカナゴとかイワシなど安い魚がふえて、タイ、エビ、カニなど、高い魚がへっているのです。
 魚が住む場所で分けてみると、海の表面にいて、プランクトンを食べている魚がふえ、海の底のほう、あるいは泥の中にいる魚がへっているのです。

 プランクトンを食べている魚がふえたのは、瀬戸内海にプランクトンがふえたからでしょう。実際にプランクトンの親せきであるノリの生産量は、一〇年まえにくらべて六倍にもなっています。プランクトンがふえるのは海の中に窒素やリンがふえたということです。
 これは、海にながれこむし尿や下水がふえたからでしょう。昔はこういうものは畑に環元されていましたが、人びとが都市に集中するようになると、それではまにあわなくなり、大量のし尿を船で運んで、瀬戸内海のまん中に捨てるようになっていました。
 底の魚のへった原因はなんでしょう。まずどのくらいへったかしらべてみました。クルマェビの
漁獲量は約半分になっていますが、漁師に聞くと、そんなものではないといいます。網を引けばなん
ぼでもとれたのが、ほとんどとれなくなった、といいます。このくいちがいの原因は、統計データ
をしらべているうちにわかりました。
 魚がとれなくなると漁師は、ますます大きなスピードのある船を使うようになります。こうして一日に網を引く面積をどんどんひろげていきます。また底引き網の場合、船の馬力を強くして、網がよりふかく泥にくいこむようにします。こうすると、泥の中のエビをとりこぼしなくとることができるのです。
 つまり魚が少なくなると、それだけ技術が進んで、漁獲量そのものはあまり変わらないのです。したがって、ほんとうに魚がどのくらいへったかを知るには、一般の漁獲量統計では不適当で、同じ船で、同じ漁法で魚をとっている漁師の漁獲量を知らなければなりません。
 こんな人がひとりだけいました。それによると、エビの量は一〇分の一以下にへっているのです。へった原因としては、とるからへったということが考えられます。とくに、技術が進歩して、ひじょうに効率よくとってしまえば、残ったものがふえて、また数がもとにもどることがひじょうにむずかしくなります。そうすると、さらにとりつくすという悪循環になるのです。
 このことは、自然を相手にする時、技術の進歩とはなにかということを考えさせてしまいます。漁法というのは、針にしても網にしても、大昔からあまり変わっていないように見えますが、これは漁師に知恵がないから変わらなかったのではなく、知恵があるから変
なかったともいえるのです。
 底引き網にしても、戦車漕ぎという効率のよい用具があることはわかってましたが、禁止されていたのです。ところが、魚がへると、悪いとは知りながら、ひとりまたひとりと使うようになり、みんな使うようになってしまいました。
それでは禁止は意味がないというので、戦車漕ぎは、あとから禁止解除になりました。それでも、藻場の中の底引きは厳禁でした。
 藻場というのは、魚が産卵し、稚魚か育つところで、魚の再生産にいちばん大事なところだからです。以前は、瀬戸内海のあちこちの湾には、一メートルからニメートルにおよぶ藻がしげっていたそうです。現在は、こんな藻の残っているところはありません。
 海の森であったところは、海の砂漢に変わってしまいました。そして、いったん砂漠になったところで、元にもどったところはないのです。
「不心得なやつらが、藻場の中で網を引いたからさ」
 藻場の消滅の原因をたずねた時、年老いた漁師がはきすてるように、こう語ったのをおぼえています。


hajime@jimnishimura.jp