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科学者から見た水俣病研究 --自然科学者と文科系との間の深い溝--
I 『水俣病の科学』第三章の要約

I 『水俣病の科学』第三章の要約
 本章の目的はチッソ水俣工場アセトアルデヒド製造プロセスで副成されたメチル水銀が水俣病の原因であったことを科学的に証明し確立することにあります。たしかに裁判ではチッソの加害責任は確定していますが、科学的には、それは立証されていません。水銀触媒を用いたアセチレン水和反応で、メチル水銀が生成することの科学的に確立された報告は一切ないのです。そのため、海外の研究者はチッソが水俣湾に廃棄した無機水銀が湾底泥中でメチル水銀に変化し、水俣病をおこしたと想定しています。
 どちらの想定が正しいのか、試金石になる疑問=謎が二つあります。第一の謎は、水俣のアセトアルデヒドプロセスが操業をはじめたのは一九三三年であるのに、患者の爆発的発生が見られたのは二〇年後の一九五四年以降であるのはなぜかです。第二の謎は、チッソ水俣工場と同じ製法でアセトアルデヒドを製造した工場は国内に七個所、海外に二十個所以上あるのに、これほどの被害をひき起したのは水俣一個所であるのはなぜかです。本書の研究は、これら二つの謎に完全な答を与えることで、チッソ水俣工場で生成し、排出されたメチル水銀が水俣病を発生させたことを科学的に確立したものです。
 研究の中心は、水銀触媒を用いたアセチレン水和反応におけるメチル水銀生成の反応機構の解明と反応速度式の樹立におきました。メチル水銀生成の反応機構の解明は、今まで世界の有機化学者が試みながら誰一人満足な成功を収めてない難問ですが、私は実験室内での反応実験と工場操業データの解析を基礎に量子化学的考察を重ね、反応機構の本格的解明に成功しました。その結果を図1に示します。
 これにつづき、さまざまな条件下での反応速度式の樹立にも成功しました。メチル水銀濃度をCとすると反応速度は
dC / dt = k ( C*- C ) (1)
とあらわされます。種々の条件下で生成速度定数 k と平衡濃度 C* の決定を行ないましたが一例を表1に示します。反応液中の二酸化マンガンの有無による反応速度の違いを示したものです。
 重要な基礎物性として、今までデータのなかったメチル水銀中の塩化メチル水銀CH3HgClの割合と塩化メチル水銀の蒸気圧の研究を行ない、これを決定しました。結果を図2と図3に示します。図2は塩化メチル水銀の割合が塩素イオン濃度によって決まることを示しています。図3は塩化メチル水銀の蒸気圧が水の蒸気圧に近いことを示しています。
 つぎに行なったのはチッソ水俣工場でアセトアルデヒドの生産にともなって排出されたメチル水銀量を計算によって推定することです。水俣工場のアセトアルデヒド製造プロセスのフローシートは図4に示す通りで、反応器と真空蒸発器と精留塔が主要部です。気液反応器内で生成されたメチル水銀は真空蒸発器に送られますが、この時メチル水銀イオンはまったく蒸発せず、反応器に送り返されます。しかし塩化メチル水銀の一部は蒸発して精留塔に入り、精留塔ドレーンと共に系外に排出されます。したがって排出量を計算するには生成速度のほかにメチル水銀中の塩化メチル水銀の割合と塩化メチル水銀の蒸気圧が必要です。
 これを示したのが図5です。これによるとメチル水銀排出量は、一九五〇年まで比較的低い値であったのに、一九五一年から急に増加に転じ、一九六二年までの一〇年間高い値を保ち、それ以後は再び低い値に戻っています。この図には胎児性水俣病の年次別発生数が示されていますが、胎児性患者発生数は、二〜三年遅れてメチル水銀排出量の変化によく対応しており、両者の深い因果関係を示唆しています。
 この図から、水俣病発生の具体的原因とはメチル水銀の排出量が一九五一年に突如増大し、それが約一〇年間続いたことであることが一目瞭然です。ではなぜ、一九五一年から排出量が増大したのか。その解明は可能です。なぜなら、これは計算の結果ですから、何段にもわたるその計算経過さへさかのぼってみれば、すぐに増加の原因はつかめるはずだからです。
 判明した原因は一九五一年にチッソが行った助触媒の変更という製造方法の変更にありました。アセチレン水和反応では触媒の二価水銀の一部が還元されて金属水銀に変わるので、それを二価水銀に戻すための酸化剤が必要です。一九三三年操業開始以来、チッソは酸化剤として二酸化マンガンを使っていましたが、一九五一年濃硝酸を用いて再酸化する方法に変えました。その結果、反応液の中から二酸化マンガンが消えました。すると表1からわかるように、イレルメチル水銀の生成速度が約一〇倍(両ケースでのC*の比)にふえました。これが排出量の増加の原因です。つまり触媒の再酸化剤の変更という製法上の変更が水俣病発生の原因と結論されます。
 ここで不思議なのは、酸化剤に濃硝酸を使うのはチッソ以外の内外のアセトアルデヒド製造プロセスのすべてで採用されている汎用的技術です。二酸化マンガンを使うのは、チッソ独自の技術です。すると、上の結論は、チッソ独自の技術の時はメチル水銀の発生はおさえられていたのに、汎用技術に変えた途端に排出量がふえて水俣病が発生したということになります。すると反応に同じ汎用技術を用いてもチッソ水俣工場だけ排出量が多い理由が問われます。
 これはむずかしい問題ですが、本章で到達した結論はチッソ水俣工場では他工場にくらべて反応液中の塩素イオン濃度が高かったからということです。すると反応液中での塩化メチル水銀の割合が高くなり、蒸発器から精留塔に抜けて系外に排出されるメチル水銀の量が多かったはずです。チッソ水俣工場だけ塩素イオン濃度が高かった理由として、他工場はすべて塩素イオンの低い水が利用できる山中にあるのに対し、水俣工場が海岸に立地し、しかも用水管理が不十分であったためと推定されます。

hajime@jimnishimura.jp