Jim Nishimura Web site

訴状に添付した申立書 I      2007.09.15
「鈴木教授の批判の態度と内容にかかわる真実」

   申立書
                          2007年9月15日
鈴木教授の批判の態度と内容にかかわる真実
                         西村 肇


I「水俣病の科学」の所説とその根拠

 「水俣病の科学」第2章は、水俣病発生初期に、チッソ水俣工場から排出されたはずのメチル水銀量を、魚の水銀蓄積量から推定しようとする試みです。具体的には、水俣湾内のカタクチイワシのメチル水銀濃度が2 - 10 ppm (註1) その蓄積速度が 1 ppm/月 であったことを基礎に、当時の湾内海水の溶存水銀濃度を 10 ng/l (註2) と推定しました。さらにこの結果に拡散法則を用いて、チッソ水俣工場からのメチル水銀排出量を10 kg/ 年 (註3)と推定しました。一方同書第3章では、当時の水俣工場のアセトアルデヒドプロセスを、数学的に解析して、排出されたメチル水銀量を推算しましたが、 結果は 20 - 40 kg/ 年 (註4)で、ほとんど一致しました。二つの方法の一致を確かめたのは、魚の汚染の原因が、直接に工場からのメチル水銀排出に起因しており、湾内蓄積水銀によるものではないことを示すためです。

 カタクチイワシの水銀蓄積速度(ng/kg hr)から海水中の水銀濃度(ng/l)を推定するのに使ったのが、次式です (註5)。

    (メチル水銀取り込み速度) =(酸素の取り込み速度) X (海水中のメチル水銀濃度)/(海水中の酸素濃度)
 水銀の濃度とその取り込み速度、酸素の濃度とその取り込み速度の4者の間には、基本的には上式のような関係があることは、多くの人がすでに予想していましたが、酸素とメチル水銀の取り込み効率の違いを表す未確定の係数が入ると想像されていました。ところが 上式は、両者の取り込み効率がほぼ等しく、係数がほぼ1であることを主張するもので、本書で始めて提案され、実験値にもとづき確認されたものです。

 確認のためには、エラからの吸収だけで、水銀が蓄積することがわかっている魚種について、上述の4個の値を求め、上式に代入してみれば良い訳です。魚種としてはメカジキがえらべます。適合する魚種であることが、海洋学では確認されているからです。メカジキについては、呼吸量も水銀蓄積速度もわかっていますので、必要なのは、海水中のメチル水銀濃度ですが、1987年、赤木と西村が、八丈島沖の海水中の溶存メチル水銀濃度を、0.1 ng/l (註6) と確定するまでは、メカジキが生息する太平洋中央海域でのメチル水銀濃度の真値は未確定でした。この濃度を使って2年モノのメカジキの水銀濃度を推定すると0.1ppm (註7) になります。実測値は0.2 ppm ですからその程度の精度で上式が成立していることが、確かめられました。

 大洋中の水銀の分析値は我々以前にもいくつか発表されていますが、すべて 0.1 ng/l より大分高い値です。その原因としては、採取器具、分析器具、試薬、室内空気などからの水銀混入が疑われます。我々はそれに気づき、一つ一つなくすのに5年もかかりました。丁度同じ時期に、Fitzgerald (註8) も別の方法で同じ結果に達しました。我々の結果は十分信頼できると思います。したがって、エラを通じての水銀取り込み速度に関する(1)式は、正しいと確認されたと言ってよいでしょう。
 カタクチイワシについては、その特殊な摂餌様式から、水銀取り込みには、エラからとエサからと二つのルートがあることを認め、それぞれの取り込み速度を定量的に検討しました。その結果、両者の比が、1000対10 - 30 (註9)であることを見出しました。以下の計算では、エラからの取り込みだけを使っていますが、はじめからエサからの取り込みを、無視したのではありません。

II 鈴木教授の批判の仕方とその態度

 一昨年、水俣病フォーラムという団体の事務局から「東大の鈴木という先生が、「水俣病の科学」はまったくの間違いといっているが、どうか」という問い合わせがありました。私は鈴木教授をまったく知りませんでしたが、多分、不十分な理解にもとづく誤解とおもいましたので、早速、浜松の臨湖実験所の鈴木教授に電話したところ、「水銀がエラから取り込まれるということは、魚類生理学の専門家としては、絶対に認められない」とのことでした。そこで、「先生が本郷に見えた時にお会いして、十分に議論したい」と申し入れましたが、「今は忙しいから、議論については、後で連絡する」と言ったきり、そのあと何の連らもありませんでした。

 ところが今年1月、私が東京工大で行った一般向け講演のさい、面識もなかった鈴木教授がいきなり立ち上がって、「私がとうに誤りを指摘しているのに、再版の際それを修正しなかったのはなぜか」と質問してきました。特殊な質問に答える場ではなかったので、「意見がちがうなら、公開討論をして決着をつけよう。やむをえず文書での批判の場合は、反論の同時掲載にしよう」と、みんなの前で提案し、鈴木教授も同意したように見えました。

 ところが、8月17日、鈴木教授からメールで、添付のような批判を日本水産学会に投稿したので、9月の号に掲載予定という通知が入りました。公開討論も反論同時掲載も拒否した一方的発表ですが、公開討論を拒否する理由として、「私自身は、水俣病研究に関わった経験もなく、実験データも持っていません。その私が目を通してない重要資料を公開の場で突然持ち出されたのでは、議論なりませんので」とありました。また反論の同時掲載を拒否する理由としては、「反論同時掲載とは、実に虫の良い主張ではないでしょうか。その反論に対する私の反論はどうなるのでしょうか」とありました。

 こうして鈴木教授は、二人だけの討論も、公開討論も、反論同時掲載も拒否し、「専門的に見てまったくの間違い」という趣旨の批判を専門誌に掲載しました。
 今後のことは、容易に想像ができます。水俣病は、社会最大の関心事であり、しかも「水俣病の科学」の科学的議論に根強く反対しているグループがいるなかで、「水俣病の科学」は間違いという専門家の評価が専門誌に出たとなれば、一般紙に大きく報道され、社会はそれをそのまま受け取るでしょう。2ヵ月後発行の同誌に私が反論を載せても、それはほとんど注目されないでしょう。鈴木教授はそのことをよく知っていて、今回のような行動に出たと思います。私は、鈴木教授は何が大事と思っているのか、その気持ちがわかりません。わかったことは、「実験データを前にした討論だけで真理に近づこう」とする素朴な科学者の気持ちがないことです。

III 鈴木教授の批判の表面と裏面

1) 鈴木教授の批判の骨格

 鈴木教授は今回の投稿の冒頭で「メチル水銀はエラを通じて海水から直接取り込まれるとの主張は魚類生理学の立場から見れば明らかに誤りである」と明言したのち、自己の主張を支える具体的理由として、メチル水銀の取り込み速度と酸素の取り込み速度の関係を示した(1)式はメチル水銀の吸収効率を誤っており「12,500倍になっている」と主張しています。もしこれを正せば、エラからの吸収はエサからの取り組みに比べて圧倒的に少ないはずで、これを根拠に「魚への水銀蓄積はエサ由来である」と自説を強調し、結論としています。

2)鈴木教授が根拠とする藤木報告

 鈴木教授は12,500倍の結論を出すためのデータとして藤木らの実験報告を使っています。
これは藤木素士、広田礼一郎、山口誠哉による「メチル水銀の魚体への蓄積機構に関する研究」と題する3ページの実験報告で1975年の環境庁委託研究「水俣病に関する総合研究」の一部です。この報告は当時、公開頒布されたものではなく、現在は入手不可能なものです。(ただし、この英文は米国環境庁主催の国際会議で発表されており、そちらに問い合わせれば入手可能のはずです。)
 藤木らの研究は、魚の水銀蓄積が、1)エサからか、2)エラからか、あるいは3)水銀汚染底泥からかという当時最大の関心事に決着をつけるために行われました。これが最大の関心事であった理由は、汚染底泥から蓄積を主張して環境庁が提案した埋め立て工事に強力に反対するグループがあったためです。この目的のため藤木らは汚染エサ、汚染海水、汚染底泥の3種の環境を用意し10日間のタイ飼育実験を行いました。その結果は報告書の図2に示す通りで底泥およびエサからの水銀蓄積はほとんどなく、あったのは海水からの直接取り込みだけでした。つまりエラからの取り込みだけでした。この結果に基づき藤木らは英文報告書の結論としてはっきりこう記しています。「汚染底泥および懸濁底泥による魚の水銀蓄積はまったくなかった。汚染したエサによる水銀蓄積は予想に反し非常に小さかった。結局、海水中に溶存しているメチル水銀の魚への移行が決定的であることが確認された。
 この結論は環境庁に有利で、反対派に不利であったためか、ほとんど一般には報道されず、徹底して関連文献を集めていた西村もこのような実験が行われていたことさえ知りませんでした。

3)引用文献の結論を逆転

 自身ではデータを持っていない鈴木教授がただ一つ根拠にするのが藤木報告です。実験結果のグラフと報告の結論を読めば「鈴木教授の魚類生理学」が覆されていることは明らかです。学者なら素直にそのことを認め、そこを新たに魚類生理学の出発点とすべきでしょう。
 でも実際には●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
 既往の研究の結論を逆転させ、それを根拠に相手説を否定するなど科学の世界では聞いたことがありません。根拠にする文献はすぐ参照できるものかそうでなければ正しく引用するのがルールだからです。ほとんど入手不可能な文献であることを見越して、結論を逆転して利用したのであれば、学者として許せない行為です。
 
4)データの改ざん

 自説を真っ向から否定する藤木報告を見た鈴木教授が考えたことは、藤木の結論は頭から無視し、そのデータだけを都合よく利用することだったようです。水銀蓄積の主なルートであることを示す表1と図4のデータからは普通の方法では海水からの直接取り込みはないという結論は出て来ません。そこで鈴木教授がとった方法はデータを改ざんしてエラからの取り込みを実際の100分の1にしてしまうことです。具体的には藤木の表1では10日後のメチル水銀濃度は0.033ppmですが、鈴木教授の投書ではこれが「終濃度0.33ppb」 となっており丁度100分の1になっています。たしかにデータを100分の1 にすれば、実験結果が自説を支持したことになります。でも原論文は、一般には見られない事情を利用して、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

5)基礎式の間違った適用による誤り

 鈴木教授が「水俣病の科学」への批判の中心においているのはエラからの取り込み速度に関する(1)式は藤木の実験結果から見て12,500倍違っているという主張です。つまり藤木の報告のうち海水からの直接取り込み実験結果に(1)式を適応し、酸系取り込み速度、メチル水銀濃度を入れてメチル水銀取り出し速度を出すと、藤木の結果の12,500倍になるということです。東大教授が1万倍の間違いと断定すれば何分の1かに割引して信用する人が多いと思います。上に見たとおり1万倍のうち100倍は鈴木教授が作り上げたウソです。藤木の実験データを改ざんして実験結果を100分の1に小さく見せて(1)式の結果と比べたからです。藤木の報告ではメチル水銀濃度の上昇は10日間で0.033 - 0.012=0.021ppmですが、鈴木教授はこれを0.18ppb =0.00018ppmと勝手に書き換えて計算しているからです。

 この点を指摘されると、鈴木教授は(1)式による推定と藤木の実験結果はまだ100倍違うと主張するでしょうが、これは鈴木教授が(1)式の適用を間違えているからです。(1)式でいうメチル水銀とは海水中に溶存している塩化メチル水銀分子のことですが、鈴木教授は藤木が実験海水に投与したメチル水銀全体と取り違えています。海水中に投与したメチル水銀はメチル水銀イオンですが、それは強力な吸着性のために海水中の懸濁物や実験装置器壁に吸着してしまい僅かが溶存態になるに過ぎません。溶存態にはメチル水銀イオンと塩化メチル水銀分子とあり、投与したメチル水銀のうち溶存塩化メチル水銀となるのは、ほんの僅かです。
 投与したメチル水銀イオンのうちどれだけが海水中に塩化メチル水銀分子として残るかは、系統的に調べられたことはありません。懸濁物の種類や装置の汚れに大きく左右される上、何よりも溶存態メチル水銀の分析が5 - 6時間かかる大変な作業だからです。しかし20年以上、溶存態メチル水銀の分析法の開発に従事してきた赤木と西村には散発的な多数の経験からそれは確実に10%以下、数%に過ぎないということはできます。もしそれが1%であるなら藤木の実験について、(1)式は正確に確認されたことになります。もし2 - 3%であるなら2 - 3倍の精度で確認されたことになります。これが結論です。

 鈴木教授のこのような誤りの大きな一つの原因は、鈴木教授がメチル水銀について研究したことがなく、メチル水銀分析についても、自身で苦労を味わっていないからだと思います。しかし、もし自身に研究経験はなくても研究熱心であって「水俣病の科学」を丁寧によめばこのような誤りはさけられたはずです。そこではメチル水銀イオンと塩化メチル水銀の性質の大きな違い(註10)、その相対比率(註11)、塩化メチル水銀の蒸気圧(註 12)、メチル水銀の諸形態とその吸着特性とメカニズム(註 13)が詳しく書かれているからです。これらの研究は著者の30年近くの研究の最終結果であり、本書の主要主題だからです。しかし鈴木教授はそれを読んだとは思えません。読んだとしても理解したとは思えません。研究の経験がないのがその原因と思われます。

6) 真面目な研究者への野蛮な決めつけ批判

 以上見てきた通り12,500倍の間違いという主張は、鈴木教授のデータ改ざんと研究不足が積み重なっての結果です。さらに、私的議論の提案を無視し、公開討論を拒否し、同時掲載を拒否しての一方的発表です。地道に科学を探究している研究者に対する理解も尊敬もない野蛮な態度です。
 私は東京大学内での公害研究を禁止されるという状況の中でも、20年にわたって水俣現地に出向いて研究を続け、定年後、集中的に研究する時間を得て、この研究を完成し、出版することができました。これに対して鈴木教授は本書をほとんど読まずに、東大教授と魚の専門家という肩書きで、本書を間違いと決めつけています。私は東京大学で30年間まじめに研究し、名誉教授号を与えられた者として、東京大学教授である者のこのような態度を看過することはできません。

以上の私の申し立ては、良心に誓って真実であることを宣誓します。

                註
註1) 西村・岡本「水俣病の科学」 初版p.171, 増補版 p.175
註2)     同書        初版p.175, 増補版 p.179
註3)     同書        初版p.179, 増補版 p.183
註4)     同書        初版p.307, 増補版 p.309
註5)     同書        初版p.175, 増補版 p.179
註6)     同書        初版p.146, 増補版 p.150
註7)     同書        初版p.176, 増補版 p.180
註8) Mason,R.P. Fitzgerald,W.F. Nature, 347 457 (1990)  
註9) 西村・岡本「水俣病の科学」 初版p.174, 増補版 p.178
註10)     同書        初版p.264, 増補版 p.268
註11)     同書        初版p.291, 増補版 p.295
註12)     同書        初版p.264, 増補版 p.268
註13)     同書        初版p.301, 増補版 p.305


       添付
藤木素士、弘田礼一郎、山口誠哉「メチル水銀の魚体への蓄積機構に関する研究」
昭和50年度環境庁公害防止等調査研究費による報告書 pp 24-26(1976)と
同英文発表報告 Proceeding of the Second U.S. Japan Experts Meeting October 1976, Tokyoから
表1 マダイに蓄積した水銀量
図2 各群におけるメチル水銀蓄積曲線
Conclusion

ホームページに戻る
hajime@jimnishimura.jp