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     Survival English (1)

     英語の話し方 Top Heavyで話す勇気

 

 

本稿はちくま新書 「サバイバル英語のすすめ」 ( 1995 年刊) 3章「話す」の復刊である。

「サバイバノレ英語」は私が東大工学部に在職中、同僚の斉藤恭一助教授(現在、千葉大学)らとはかってはじめた教養課程(教養学部)での英語授業である。私たちは、これからの国際競争にサバイバノレする人の英語は、「書く」こと「議論する」ことを中心にしなければな

らないと痛感していたので、訳読中心の教養課程の英語授業には不満であった。といって私たちには教養課程の英語をどうする権隈もなかったので、正規授業とは別にいわば勝手に自分たちの授業をはじめたのである。正規の授業ではないから時問帯は夜の6時から9時、出席しても成績には関係なしというかなり不利な条件ではあったが、教養学部学生の大きな関心を呼び、毎年300人~500人が聴講し、いまや「サバ英」で通る駒場の名物授業になった。

受験英語の難関をくぐりぬけてきたこの秀才たちに私が強調したのは、英語で自分を表現する以上は、聞く人、読む人がその内容に集中できるように「くせ」のない英語、Neutralな英語をMaster せよということである。ここで「くせ」のない英語とは国際的な Standardから見て「くせ」がないということであって、日本人から見て「くせ」がないということではない。逆である。日本人から見て「くせ」のない英語、つまり「日本式英語」は、外国人には、聞いているとつかれるという人は多いし、何よりも論旨がわかりにくいという声が多い。

そいれを直すにはどうするか。まず、英語と日本語では、Aural (音による) Communication の役割、重要性が、まったく違うことに気付いてもらう。

 

目次

 

英語の Speech は人を動かす

政治家のSpeech

Nixon Au revoir

Reagan Challenger 号への弔辞

Have1大統領就任演説

 

聴衆を逃がさないSpeech とは

レマン湖畔で死にそこなった体験

必死の 這い上がりの中で発見したSpeechの極意

Battelle研究所での「ぶっつけ本番」講演

仕掛け人今北純一氏の証言

 

現代英語はTop Heavy

Yale 大学出身のHippieにならったこと

現代英語を作った R. Flesch Art of Readable Writing

ゴムゾーリ氏の 大事な追加

 

Top Heavy に気持を変えるには

「英語は勇気」 勇気なければ 英語は話せない

反発と反論への恐怖 

リズム感のちがいからくる恐怖

  空日への恐怖

 

 

 

 

英語の Speech は人を動かす

 

政治家のSpeech

ヨーロッパ語では音による Communication が大事である。それが人を動かす力だからだ。だから話し手は、どうしたら人の気w持ちを動かす話ができるかに意をもちい、工夫しその結果、話し言葉が発達し、洗練される。これは一人が大勢に向かって話しかける Speech (講演、演説、説教) においていちじるしい。対話の場合は、語彙さえあれば、あとは内容での勝負になるからだ。ここでは3人の政治家の Speech を聞いて、日本語でのスピーチとどうちがうのか考える材料にしたい。

  Nixon Watergate事件の Scandalのため人問としての評価は低いといえるが、時代の必要を見抜き、重要な政策の Railをつぎつぎに敷いた点で、もっと評価されてよい大統領だと思う。環境問題への国としての取り組み、ガン撲減への巨額な研究予算、中国との国交回復、これらはみんな彼の時代にはじまった。その彼が非難の高まりのなか、米国史上はじめて、任期途中で大統領をやめざるをえなかった。White Houseを去る朝、集まった Staff ヘのお別れの言葉を, 彼は au revoir (また会おう)ではじめた。

 

Nixon Au revoir

You are here to say goodbye to us, and we don't have a good word for it in English, the best is au revoir.  We will see you again...

   Sure, we have done some things wrong in this Administration, and the top man always takes the responsibility, and I have never ducked it. But I want to say one thing : We can be proud of it, five and a half years. No man or no woman came into this Administration and left it with more of this world's goods than when he came in. No man or no woman ever profited at the public expense or the public till. That tells something about you.

   Mistakes, yes.  But for personal gain? never. You did what you believed in. Sometimes right, sometimes wrong. And I only wish that I were a wealthy man at the present time, I have got to find a way to pay my taxes - (laughter) - and if I were, I would like to recompense you for the sacrifices that all of you have made to serve in government.

[意訳]  私たちはたしかにあやまちを犯した。私はその責任をのがれるつもりはない。ただ一つ確認したいのは誇りをもってよい5年半だったということだ。誰一人個人的に利益を得た者はいないのだから。みんな信ずるところに従ってやった。その結果、正しかったこともまちがいもある。しかし決して個人のためではなかった。いまの私は自分の税金さえどうして払おうかという状態なのだが()、自分にお金があって、皆さんがこうむったご迷惑に対し金銭的償いができたらと思う気持ちで一杯だ。

 

自已弁護といえば自己弁護だが、最後の言葉が全体を忘れ難いものにしている。一番みじめな瞬問にこんな素直な言葉がはける日本の政治家がいるだろうか。

Reaganは、知識層の問では評価の低い大統領だが、アメリカ人には Reaganを好きな人が圧倒的に多かった。話うまかったからである。それもうまさを感じさせるうまさではない。演技だったとは思うがちょっと言いよどんだりするところがあって、人柄の良さを感じさせる絶妙のうまさであった。 7人の宇宙飛行士を失ったチャしニンジャーの事故の数時問あと、壮然としている国民の前で彼がささげた弔辞の最後の部分を聞こう。

 

Reagan Challenger 号への弔辞

The crew of the space shuttle Challenger honoured us by the manner in which they lived their lives. We will never forget them, nor the last time we saw them, this morning, as they prepared for the journey and waved goodbye and slipped the surly bonds of earth to touch the face of God.

 [意訳] 亡くなられた方々の最後は私たちを崇高な気分にひたらせます。今も忘れることできません。今朝お発ちになる時の姿を。私たちに手を振り、この汚れた地表を離れ、神に会うために発たれた時の姿を。

 

悲しみをこのような美しい言葉で語り、人の心を動かせる政治家が日本にいるだろうか。もちろんSpeech Writerの書いたものだろうが、彼はいつも完全に自分の言葉にしてしゃべった。

もう一人、チェコのHavel 大統領の就任演説を聞こう。東欧での共産政権の崩壌はどこでもある程度の流血をともなったが、チェコではちがっていた。自由を求める数万、数十万の市民が街頭にくり出すと共産政権はあっけなくつぶれた。そのあとの選挙でえらばれたのが、抵抗運動の Symbol, 劇作家 Havelである。興奮のなかでの就任演説である。

 

Have1大統領就任演説

My dear fellow citizens, for forty years you heard from my predecessors on this day different variations of the same theme: how our country flourished, how many million tons of steel we produced, how happy we all were, how we trusted our government, and what bright perspectives were unfolding in front of us.

I assume you did not propose me for this office so that I, too, would lie to you. Our country is not flourishing. The enormous creative and spiritual potential of our nation is not being used sensibly. Entire branches of industry are producing goods which are of no interest to anyone, while we are lacking the things we need.

[意訳] この40年問、いつも年の始めには私たちは前の大統領から同じことを聞かされてきました。我国がどんなに繁栄しているか、どんなに明るい将来がひらけているかと。私も同じウソを言うために大統領に選ばれたのではないでしょうから正直に言いましょう。私たちの国はまったくうまくいってないのです。人々の創造的な力を引き出してはいないのです。工場は誰もいらないものは作りますが、必要なものは手に入りません。

 

お祭り気分はどこにも見られない。問題を直視し、人々がただちに仕事にかかるようにうながす演説である。現在東欧の中でチェコが一番経済的回復が早いのもうなずける。

 

 

聴衆を逃がさないSpeech とは

 

Survivalのための Speechとは

Nativeでない私たちには, 心に響く Speechはとても無理であるが、聞いてもらえて印象に残る Speech、つまり Impactのある Speechは必要である。しなければ生き残れない場面がある。

  それにはもちろん内容が第一である。それに加え聴衆に関心があれば言葉はいらない。This,Thisの連発でも Impact はある。しかしいつもそうとは限らない。聴衆ははじめから関心をもっているわけでないし、内容はどんぐりの背くらべかもしれない。

  ふつうやるのは周到な準備である。何回も書き直した原稿を Native に見てもらい、Trainer について何回か読む練習をし、この原稿を本番で棒読みする。これはたしかに失敗はしない方法であるが、Impact を与えるとは思えない。いくらうまくやっても、練習を見せられているようで、真剣勝負の Thrillと興奮がないからである。私がそれをさとったのは、若い頃 Geneveで死にそこなった経験からである。

 

レマン湖畔で 死にそこなった経験

 

処女作「孤高の挑戦者たち」で彗星のごとくビジネス書界にあらわれ、France で Consultant 会社を共同経営しながら、日本の若いbusiness 人にMessage を送りつづけている今北純一氏は、私の研究室の出身だが、その頃 Leman (レマン)湖畔のGeneve にある Think Tank,  Batelle 研究所の研究員をしていた。たまたま Budapest に行く私に、ぜひ Geneveにも寄ってくれという誘いがあって、私はホイホイと出かけた。空港に赤い Ferrariで出迎えに来た今北君、夕方の街を自宅に向けて走りながらなにくわぬ顔で、「明日は、先生の『日本の化学工業のBreakthrough 』という興味深い講演があるから集まるように、研究所中にAnnounceしてあります」という寝耳に水の一言。「おいおい冗談じゃない。僕は何も聞いてないぜ。なんの準備もないぜ」と言うと、「イヤー、先生のそのあわてる顔が一目見たかったのです。まあ今晩は極上のWineもたっぷり用意してありますからゆっくりやりましょう」とのこと。

弟子を千尋の谷へ突き落とすというのが私の単純な教育方法なのだが、突き落とされたほうは一度は、逆をやってみたいと思うらしい。それがこれだ。はかられた。ぶっつけ本番での1時問の講演。口をパクパクするだけで言葉にならない自分。あきれた聴衆が一人へり二人へり、とうとう今北君と二人きりになった講堂がまざまざ脳裏に浮かぶ。夕方 Lac Leman (レマン湖) の湖畔に打ち上げられた男の死体も。

しかし、弟子の前であわてたところは見せられない。覚悟をきめた。奥様が用意した豪華な晩餐。今北君がすすめる Wine liqueur (リキュール)Hotel に帰ったのは12時すぎていた。さすがに机の前に座れない。すぐ寝てしまう。

 

必死の這い上がりのなかで発見したSpeech の極意

 

目がさめたのはきっかり4時。ゾヅとする冷たい感覚が戻ってきた。あと出発まで4時問、話の原案を作るのに1時問、原稿に仕上げるのに2時問、翻訳に……。それではとても時間がない。では最初から英語で原案を作るかなどあれこれ考えているうち、たちまち10分、15分が過ぎる。

決めた!日本語で考え、日本語でメモを作っておく、訳しながらそれをしゃべる。それしかない。問題は内容だが、聴衆はつわものがそろった Batelleの研究員だ。面白くないと思ったらすぐ席を立っていくだろう。がまんはしない。その後から話が面白くなっても追いつかない。だから最初から聴衆を釘づけにする話し方でなくては。それには一番良いネタからボンボン投げていかなくては。

日本の化学工業の話で彼らにとって面白いことはあるのか。それはやはり外に出ていない情報、Insider として知りえた情報。これをネタにするのは Fair ではないがやむをえない。しかし面白いネタといっても所詮は Newsだ。予備知識のある人には面白いかもしれないが、そうでない人には面白くもおかしくもない。どうしたら話に Thrillを持たせられるか。そうだ Rivalの対比だ。同じ業種で同格の2杜、しかも片方がうまくいって片方がうまくいかない例をもちだして、なぜそうなるかを研究の方向や実績から Top の指導力の比較にまでおよんで丁寧に説明したらどうだろう。

この Rival企業の対比という基本線を思いついたら 頭の中の情報が面白いように整理され、頭の中で話が展開しはじめた。こうなったら、メモをとってもとらなくても同じ、日本語、英語も関係ない。夢中になって Rival を対比させた相僕の星取表のようなものを作っていった。こうして7時までにぱ自信をもって話せる話の骨格だけはできてしまった。ひげをそりシャワーをあびて朝食をとる。

講演開始を前に講堂に入る。このとき今北君が、「冗談にも昨晩頼まれたなんていわないでください。みんな怒りだしてしまいますから」。言い訳と冗談両方の目的で Speechの頭にこれをもってくるつもりだった私は計画が狂ってしまった。あわてて Toiletに入って考える。日本なら冗談にも言い訳にもなるところだが注意されてよかった。おこってみんな帰ってしまうところだった。

午前9時。「どこの馬の骨が何をしゃべるのか。面白くなかったらすぐ出ていってやろう」というような顔をして三々五々研究員が集まって来た。簡単な紹介のあと、かなり緊張した私がしゃべり出した。何しろ手には星取表しか持ってないのだから。この時のスピーチは今北君がテープにとって起こしてくれたのが残っているので少し聞いていただこう。

 

Battelle研究所での「ぶっつけ本番」講演

 

Thank you Monsieur Eraers for your very kind introduction.  Today I would like to talk on the problems that Japanese chemical industry is facing. To tell the truth, when I received a letter from Mr. Imakita asking to make a lecture on these topics and especially to talk on the possibility of a breakthrough for the Japanese chemical industry, I thought it must be a joke because the difficulty is so great that no one can answer to the question yet. I do not think that I'm well qualified to answer these questions, but because I know that you are more concerned or you are very much interested in the problem of the Japanese chemical industry, I would do my best. Please allow me if I speak very slowly because on this matter I usually think in Japanese. And I have to translate my idea into English.

予定していた部分が今北君の注意でなくなったからいきなり主題を説明している。日本の化学工業がむずかしい状況にあることは、ここの研究員はみんな知っていた。そこでこの困難をくぐり抜けるにはどうしたらよいか誰も答えられない非常にむずかしい問題だが、私なりの考えをお話ししようとはっきり言っている。これは番付表に自信があったからいえたことだろう。ただし原稿がないので、モタつくかもしれないとことわっている。そして本題に入っている。

 

「ぶっつけ本番 講演」つづき

At first I would like to point out that the difficulty that the Japanese chemical industry is facing is very great. As you know, after "oil shock", the growths of the chemical industries have completely stopped and moreover the chemical industry is operating with the capacity much lower than 50~6 of its actual capacity. As you might suppose, we cannot gain a profit from such a low activity. To breakthrough this difficulty, for example, in urea industry and ammonium industry, about 40% of the equipment is abolished.

ここでは苦境というイメージを明瞭にするため設備の40%が廃棄されたというような Insiderしか知らない実情を具体的数字で示した。これを聴いて早速メモを取り出した人が多かった。ひとしきりデータで実情を説明したのち、その原因の分析に進んだ。

 

「ぶっつけ本番 講演」 つづき2 

These difficulties arise from two causes. I can say that one of this is the pressure from developing countries and the other is the pressure from Europe, especially from Germany.

その原因は二つあるが一つはEuropaからの攻勢、特にトイツからの攻勢だといった時、俄然聴衆が体を前へり出すのがわかった。前列で横柄にかまえて手ブラで聴いていた男がうしろを向いてメモ用紙を少し/れないかと頼んでいる。自分もメモをとる必要を感じたらしへそれを見た途端、こちらはおかしくなって、どんどん調子がでてきた。あとは My Pace講演は大成功に終った。

 

成功した原因は

それは、話をだんだんもり上げようなどと考えず、つねに一番関心があり、興味深い話題をアタマにもってきて話しつづけたこと、必ず具体例、具体的 Dataをあげて話したこと,それがデータの羅列にならないよう、Rivalの対比というしっかりした骨組みをすえて話を進めたことであろう。

 

仕掛け人 今北純一氏の証言

 

この`事件の仕掛け人として私は、ここで事実の補足をしておく義務と責任があると思う。その前に一つ付け加えておくべき事がある。それは西村門下生になるということと、西村門下生で居続けるということは、全く別次元の話だということだ。兎に角弟子を千尋の谷へ突き落とす事が最高の教育、との確信に基づいて行動する西村先生について行くということは並みの体力と精神力ではできない。私事で言えば、先牛に何度谷へ突き落とされてきたかわからない。そして、そのたびに何とか這い上がっては頑張るというプロセスの連続を強いられてきた。

ところで、相撲の世界では、兄弟子の胸を借りて稽古に励んだ相撲取りが本場所で兄弟子を負かすことを'恩返し'という。私は大学院で西村研究室に入ったその日以来、いつしか先生に`恩返し'をしたいという思いを常に抱いていた。そして千載一遇の Chanceがやってきたのである。それが、Geneve Battelle 研究所での講演依頼であった。ただし、この「一夜漬けの講演」を先生に頼む計画を立てた時は、私は、私の恩返しの狙いがそれで達成できるかどうか、実は半信半疑だったのである。だから先生が一瞬クルマの中で私の突然のannounce に対し大きく動揺された時、私は『やった!』と心の中で叫んだのだった。

そして我が家での Dinnerの席でも、先生は、翌日の講演のことで頭が一杯という様子だった。そこへ、私の妻が、「明日は大変ですね。頑張ってくださいね」と先生に声をかけた。その瞬間眼光鋭い先生の目が更に一段とキッとなった。この時の先生の目が今でも忘れられない、と私の妻は回想する。彼女に悪気はなかった。私から先生の Supermanぶりしか聞いたことのなかった妻にしてみれば、何だってスイスイこなしてしまう先生にとっては, Battelle での講演など、どうということはない、そういう気があるから、軽い会話のきっかけのつもりで言ったのだった。だが先生の方はそういう精神状況ではなかったことが先生の原稿のゲラを読んで今初めてわかった。本当に Leman 湖の湖畔に男の死体が打ち上げられなくてよかった。

 

 

 

現代英語はTop Heavy

 

Yale 大学出身のHippieにならったこと

 

英語のSpeechでは、アタマを大事にし、そこに Accentをおくというのは、実は自分で気づいたことではない。ある Hippyにならったのである。20年以上前になるが米国の大手出版杜から私の書いた本の英語版を出したいという申し出を受けた。アメリカの大学の教科書に考えているので、完全な英語にしてくれという。自分にできることかどうか自信がなかったので、少し訳したものを持って「サイマノレ」という出版杜に相談に出かけた。

出て来たのはゴムゾーリをつっかけたHippieでとても理科系の本はわかりそうに見えなかったが、聞くと Yale 大学の出身で、検討をたのむとすぐその場でていねいな Rewritingをはじめた。そして内容を完全に理解した上、すっかりちがった英語に変えていった。数時間後その Rewrite原稿を返しながら全体的感想として次のように言った。

 

「日本語とくらべてちがうのは、英語では、大事なことを必ず最初にもってきます。一つの論説の中では最初のパラグラフが一番重要で、ここで全体が見えるようにします。パラグラフの中では、やはり最初の文章が重要です。ここでそのパラグラフの主題を語るからです。さらに一つの文章の中ではもっとも大事な言葉を主語とし文章のアタマにもってきます」。

この言葉は私には天啓のように響いた。一度に英語の話し方、書き方がわかったような気がした。それ以来、私は Hippy Yale 大学には深い尊敬をはらいつづけてきたのだが、ごく最近、彼のタネ本と確信できるものを見つけてしまった。

 

現代英語を作った R. Flesch Art of Readable Writing

 

それは Rudolf FleschThe Art of Readable Writing(読ませる文章の書き方)で、Journalismなど文章に関係ある仕事をしているアメリカ人なら知らない人はない本である。アメリカ人はよく文章のReadability (読ませる文章かどうか) ということをいうが、これもこの本ではじめて定量化された言葉で、本の末尾には任意の文章の Readabilityをまったく客観的に何点と評価できる計算図表が示されている。

この本の第1章は 「あなたとアリストテレス」と題され、伝統的な英語作文法のまちがいを指摘することにあてられている。二の説明は私がするより本の原文を読んでい

ただいたほうがよい。Fleschは大変な文章の達人なのだから

 

Let me explain with something I read recently in an educational journal. It was a paper written by some young speech teacher somewhere in the Middle West, about the arrangement of arguments in a speech. Aristotle had taught that you should build up your arguments and wind up with the most impressive one as climax. But the young American instructor started his paper by saying that Aristotle-and a host of other famous rhetoric teachers-were wrong in this. He maintained that you should start with your best argument and let the lesser ones trail behind.

[意訳]  最近、若い話し方教師が書いた面白い論文を読んだ。話を展開していく順序に関するもの。アリストテレスによると議論を順々に組み上げてゆき、一番いいたいことが最後に出てくるように議論をもり上げていくのが修辞学の原則。ところがこの教師はアリストテレスはまちがっていると明言する。彼の主張では一番言いたいこと、伝えたいことを最初に出し、あとは重要な順、関心をひく川則こ並べるのが、正しい話の組み立て方だという。

 

当然読者は「エッなぜ」と聞きたくなるが、著者はつぎのパラグラフでそれに答えている。

 

How can some English teacher have the effrontery to dispute the teachings of  Aristotle? you will ask. Here is the answer : He took a speech that was arranged in conventional Aristotelian fashion and put it on phonograph records. Then he rearranged the same speech in anticlimax order and put that on phonograph records. Whereupon he assembled two groups of care-fully matched students and had them listen to the records. When they were through, he asked each of them what he remembered and whether the speech had changed his mind on the subject. Then, after some time had passed, he bombarded them with another set of questions about the speech. Finally he settled down and started working with statistics. And after he had collected a bagful of standard deviations and correlation coefficients, he announced to the world that Aristotle was wrong.

 [意訳] 彼はつぎのような方法で、自分が正しくアリストテレスがまちがっていることを立証した。彼はまず、一番言いたいことを 最後にもってくる「アリストテレス流」と一番言いたいことを 最初にもってくる「反アリストテレス流」と 両方の方法で Speechを作った。つぎに両方を Recordに録音し、それぞれを別の学生 Groupに聞かせ、その内容をどのくらい記憶しているか、これを聞いたことで主題に関する考え方が変わったかを 質問した。その結果を客観的に比較してみて、Speech の効果という点で、アリストテレス流が劣っていることを確認し、アリストテレスはまちがっていると発表した。

 

「一番大事なことを 一番最初にもてきて文章を組み立てる」という現代英語では鉄則のようになっている文章作法が、わずか50年前に出たこの本で、はじめて提唱されたというのも驚きである。一度提唱されると、Journalism Business Letter の世界からはじまり、燎原の火のように、実用英語の世界全体にひろがつていったのだろう。話し方においても、書き方においても。

 

ゴムゾーリ氏の 大事な追加

 

Flesch氏が、「一番言いたいこと、一番聞きたいことをアタマに」といったのは、一つの論説あるいは Speechの組み立ての話であって、Paragraphの組み立てとか、文章の組み立てについては、何も言っていない。これらについてもやはり、「大事なことがアタマに来る」といったの、はゴムゾーリ氏自身の卓見であろう。実際に現代実用英語を見ているとそうなっている。

この現代実用英語の性格を的確にあらわす英語表現を私は聞いたことがないパだ英語修辞学で公認されていないのかもしれない。逆にいまは、あまり当然すぎて名前がつかないのかもしれない。仕方がな/いから、私が勝手に作った表現が 「アタマが重い」つまりTop Heavyである。現代期英語は、Speech も、Paragraph も、文章も、みんな重点がアタマにくるからTop Heavy である。

 

 

Top Heavy に気持を変えるには 

 

「英語は勇気」 勇気なければ 英語は話せない

英語がTop Heavyなら日本語は Tail Heavyである。自分が言いたいことは最後にもってくる。日本文の構造がそうだし、話し方全体もそれが習慣になっている。

この Tail Heavyの日本人が,英語は Top Heavyだからといって、言いたいことを前にもってくることは容易ではない。コツを覚えて1を発音するようなわけにはいかない。

それでも書くほうは何とかなるだろう。むずかしいのは話すほうである。Tail Heavyな習慣の中で育った日本人には、言いたいことを, いきなり持ち出すことには, 本能的に近い恐怖がある。それを乗り越えるには相当な勇気が必要だ。「英語は勇気」というのが私のいつわらざる実感である。

しかし「勇気をもて」というだけでは、役に立つ助言にならない。恐怖の原因を分析することで Adviceとしよう。私は恐怖の原因は三つあるとみる.。これを順に説明していこう。

 

① 反発と反論への恐怖 

まず「反発と反論への恐怖」が身にしみついていると思う。日本杜会では、はっきりした主張は強い反発を受ける。反発とは必ずしも反論を意味しない。むしろ反論なしの無言の反発のほうが反対の程度は強いとみてよい。したがって日本では、どうしてもなにか通したい時は、はじめはどちらにもとれる話し方をして、相手の意思をさぐり、雰囲気がよくなるのを待って、時間切れなどで反論がでない状況で遠慮した形で自分の主張を認めてもらうしかない。つまり日本杜会は、無言の反発は強いがはっきりした反論をさける杜会である。主張反論という習慣が深く根づいてはいない。そこでは Top Heavyな表現は、嫌われるし、損である。

その中で育った日本人は、国外では Top Heavyな表理が必要といわれても、そう簡単には変われない。まず、主張に対しては、反論するのが Ruleであって、無言の反発、無視は恐れる必要がないということを確信する必要がある。それには自分も無言の反発のくせを改め、ただちに反論する習慣を確立しなければならない。そして、なにかを主張する時は、同意を求めるのではなく、どんな反論にもたち向かってやるという気構えと勇気が必要である。

 

② リズム感のちがいからくる恐怖

Zubin Meehaというインド人指揮者がいる。彼がはじめて日本に来て、Stravinskyの『春の祭典』を振った時、私は今でも忘れられないほどの新鮮な印象を受けた。その話を Amateur Orchestraに入っていている友人に話すと「彼は Coloredだから、すこし後Rhythm なのかな」と言ったのを覚えている。

黒人音楽のリズムは完全な あとRhythmである。ヨーロヅパ音楽では必ず第1拍に強勢があるが、黒人音楽ではロック場合なら「一トニト三ト四ト」とトのほうに強いビートがある。ちょっとアタマを抜く感じである。このような Rhythm 感はかなり人種民族に固有なものといわれる。

このような Rhythm感覚は音楽ばかりではなく、一緒に働く動作とか杜会的 Mannerの中にもあらわれるような気がする。私は日本人の音楽上の Rhythm感覚がどういうものかは知らないが、杜会的 Manner Rhythmは、第1拍を抜く Rhythmのような気がする。女の子が遊ぶナワ飛びにたとえると、最初からは入らず、一つおいて Rhythm を取って入ることに相当する。

講演会で発表が終ったあと、質問をする Timingがそうである。最初、司会者が「御質問はありませんか」と会場を見渡した時は、視線が通過するとみんな思わず目をふせてしまう。司会者がもう一度催促してはじめて手を挙げるのが、日本ではふつうである。国外ではこれでは問に合わない。「ありませんか」といった時、「か」が終った途端に4,- 5人手が挙がる。これは杜会的習贋のちがいでもあると思われているが、ほんとうは Rhythm 感のちがいだと思う。ヨーロッバ人には, そこで1拍抜く Rhythm 感覚はない。

1拍見送って Rhythmを取るくせがついている日本人が、1拍目から出るのは、相当の努力と勇気を要する。生来的な Rhythmを否定し、すべて意識的にやる必要がある。

 

 

③ 空日への恐怖

最後の恐怖は、自分の主張を最初に言ってしまったら10分の発表が1分で終ってしまい、言うことがなくて、あとは棒立ちになるのではないかという恐怖である。私もはじめての学会発表が3分で終ってしまい、あと言うことがなくなった時の恐怖をいまだにおぽえている。これは、いつも反論されない状況で、最後に自分の主張をお認め願ってきた日本人の当然の恐怖である。

これに対しては、はっきりした主張なら、どんなに短く終ってもかまわない。必ず質問、反論が出てくるから、それに答えていけばよいとお答えするしかない。つぎからは、質問、反論が予想されるようになるから、それに順々に答えていくように話を組み立てればよい。質問、反論がよく予想できればできるほど、こちらの話は, Logicalでわかりやすいものになる。